「赤坂サカス」と「赤坂」の名前の由来

「あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

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「赤坂サカス」の名前に込められたもの

先日、「『ラジオ東京』から『TBS』へ」
と称して「赤坂サカス」ができるまでの
お話をさせていただきました。

 

今日は、その「赤坂サカス」の名前に
ついてのお話です。

 

「赤坂サカス」のサイトには、「赤坂サカス」の
コンセプトとして、このような記載があります。

 

 

 

 

「奥ゆかしく色づく桜とともに、
人々にも笑顔をさかす、夢を咲かす」
「赤坂サカス コンセプト・概要」

 

2008年3月20日にオープンした「赤坂サカス」、
その名前にはこのような思いが
込められていたのですね。

 

 

 

新しい赤坂文化の花を咲かす 

新たな文化の発信地であると同時に
歴史のある伝統文化が息づく赤坂。

 

 

 

 

この両方を融合させて、新しい赤坂文化の花を
咲かせたい、との思いが込められているそうです。

 

都心にありながら「和」のイメージを
まとっている赤坂に、「赤坂 咲かす」
という日本語の名称を付けています。

 

いわれてみれば、このような施設で
日本語の「咲かす」がつけられている
というのも面白いですね。

 

 

「檜坂」

 

 

 

名前の中に「坂」がいっぱい!

ところで「赤坂」という地名をローマ字で
書きますと「Akasaka」となりますね。

 

これは上から読んでも下から読んでも
ではなく、右から読んでも左から読んでも
「akasaka」となるのですが、御存知でした?

 

そして赤坂といえば、坂の多い街でも有名です。

 

 

「南部坂」(麻布にも「南部坂」が
ありますが、こちらは赤坂の方)

 

 

「三分坂(これは、さんぶ、ではなくさんぷん
と読みます)」、「薬研坂」、「丹後坂」、
「氷川坂」、「円通寺坂」、「牛鳴坂」、
「南部坂」、「新坂」、「久郎九坂」、「檜坂」、
「紀伊国坂」、「乃木坂」、「弾正坂」などの
たくさんの坂がある街です。

 

この坂は、赤坂6丁目にある「本氷川坂」。
「もとひかわざか」と読みます。

 

 

「本氷川坂」

 

 

 

「saca(坂)」「saka(坂)」「saka(坂)」 

「赤坂サカス」をローマ字で書きますと
「akasaka sacas」です。
続けてしまいますと「akasakasacas」となりますね。

 

今度は、この「akasakasacas」を
右から読んでみましょう。
すると「sacasakasaka」となるでしょう?

 

区切ってみますと、
「saca」「saka」「saka」となって、坂がいっぱい!
坂の多い街、赤坂サカスを表しているのです。

 

 

「新坂」

 

 

「赤坂サカス」という名前には「赤坂  咲かす」
という意味と同時に、その名前の中に
赤坂の街の特徴である「坂(saka)」が
ちりばめられている名前でもあったのです。

 

 

 

「赤坂」という名前は「茜坂」から

それでは「赤坂サカス」以前に、「赤坂」という
地名は、どのようにしてつけられたのでしょう?

 

これについては様々な説があります。

 

 

kinokunizaka江戸時代の地図(「東京の坂と橋」)

 

 

「赤坂」という地名は、江戸時代以前
には見られないものだそうですので
江戸期につけられたということですね。

 

現在、赤坂迎賓館がある場所は
その昔、紀伊徳川家のお屋敷がありました。

 

次の浮世絵は歌川広重の「名所江戸百景」のなかの
『紀ノ国坂赤坂溜池遠景』(安政4・1857年)です。

 

 

akasaka01-s広重『紀ノ国坂赤坂溜池遠景』

 

 

次の地図でピンク色の線で描かれて
いる部分が紀伊国坂です。

 

 

kinokunizaka

 

 

その高台には「茜」か多くとれた
ところから茜山と呼ばれ、その坂を
「茜坂(赤根坂)」と言っていたそうです。

 

その「あかねさか」の音がつまって
「あかさか」になり、その辺り一帯を
「赤坂」と呼ぶようになったとのこと。

 

「赤坂」という名前がついたいわれは
様々ありますが、現在のところ
この説が正しいといわれています。

 

 

「丹後坂」

 




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