また、ハトを拾ってしまいました(六本木編)

「あぷりのお茶会」へようこそ!

 

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今度は六本木で

今年の2月、母の命日に
ハトを拾ったことをお話ししました。(「ハトの恩返し」

 

それは、もうかなり前のことだったのですが。
うちに、「あぷり」の前のうさぎ「ももち」がいた頃の話。

 

実は、今回またハトを拾ってしまったのです。
今度は六本木で。
よくハトを拾うね。

 

 

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六本木のペットショップのそばで

ひと月ほど前の、9月の27日の土曜日の夕方のことでした。
その日は9月とは思えないほどの冷たい風が吹いていました。

 

もうあたりは暗くなっている7時頃、私は
東京ミッドタウンの正面玄関のある外苑東通りを
六本木の交差点に向かって歩いていました。

 

東京ミッドタウンと六本木の交差点の間には
なぜこのような所に、と思うような場所に
ペットショップがあります。

 

そこではぬいぐるみのような
ちっちゃな可愛い子犬や子ネコが
外苑東通りに面したガラスのケースに入っています。

 

子うさぎがいたこともありました。

 

最近は、そのお店の前を通る時に中を見なくなりました。
正視に耐えません。

 

そのペットショップをわずかに通り過ぎた所にある
不動産屋のお店の入口の右側に
ハトがうずくまっていたのです。

 

 

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鳥の形のお人形?

最初は、そんな場所にハトがいるとは
考えられませんでしたので、おもちゃかと。

 

あたりは薄暗くなっていたこともあり
よくわからなかったのです。

 

しかも、規則的な動きをしていたので、モーターで
動く鳥のおもちゃなのかもしれない、なんて。

 

もちろん、そうではありませんでした。
私はハトの前にしゃがみ込みました。

 

ハトは両脚で立てずに座り込み
両方の羽は少し開き気味。

 

そして後ろの尾をちょっと上げては下げ
それと同時に、口を開いています。

 

それはもう息があがっていたということなのでしょう。

 

 

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都会でひとり、死と向かいあう

私がしゃがんでハトを覗き込んでいると
通りすがりの女の人が連れの女性に話す声が聞こえます。

 

「まだ、あのハトいるよ。怪我してるのかな?」と。

 

ということはかなり前から
このハトはここにいるということなのでしょう。

 

なにも外苑東通りに面した、こんな場所にいなくても
数メートル先には、もっと静かな道があるのです。

 

最初はなぜこんな所に、と私は思いました。

 

ですが、このハトには数メートル先へ行く力さえ
残っていなかったのかもしれません。

 

外苑東通りで何かにぶつかったかして
それでもやっと、お店の入口の角まで辿り着いた、
そんなふうに見えました。

 

背中には何かがすったような痕跡もあります。

 

 

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自然界の生き物には人の手を入れない

ハトは怪我をしただけではなく
もっと重症なのだろうかと思う反面、

 

以前ハトを拾った時に連れて行った病院で
「鳥は意外と丈夫ですから」
とおっしゃった獣医さんの言葉も思い浮かびます。

 

どちらかはわかりませんが、ハトを
このままにはしておけないと思いました。

 

前に本で読んだことがあります。
野生の動物を助けてはいけない、
つまり自然界に触ってはいけない、と。

 

動物同士が戦い、エサにしたりされたりと
厳しい自然の掟に手を出してはいけないのだと。

 

ただ、動物同士ではなく人間が傷つけたものは
助けるようにしている、とその方は書いていらっしゃいました。

 

前回、私がハトを拾ったのは、ベランダに巡らした網に
アシを引っ掛け、何時間も雪の中で
逆さ刷りになっていたハトでした。

 

ベランダに網を巡らすことは
法律で禁止されていることだそうです。

 

今回のハトは、車かバイクのようなものの
被害を受けたように思えます。

 

都会で暮らしているハトには、これもまた
自然界でのこと、といえるのでしょうか。

 

 

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どちらにせよ

私はしばらくの間、ハトの前にすわりこんでいました。

 

この状態では、たとえ治る怪我だとしても
それもかなわないでしょう。

 

あるいは、もうこのハトに時間が残されておらず
死を迎えたとしたら、その体はゴミとして
扱われるようにも思えます。

 

いろいろな思いが交錯しましたが
どうあれ、ハトを連れて帰る選択肢しか
私には残されていませんでした。

 

実は私は、ハトに限らず鳥がこわいのです。
触れることもできないほどに。

 

ですが、以前のハトもそうでしたが
そのようなことを言っている場合ではありません。

 

持っていた袋越しにハトをつかんで
そのまま袋の中にハトの体を入れました。

 

 

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何か食べられるものを買って

前のハトを私は、ポッポちゃんという名前で呼んでいました。

 

ポッポちゃんは、食パンをよく食べていたのを
思い出したので、帰りに東京ミッドタウンの
プレッセプレミアムでパンを買うことに。

 

それが今日の冒頭の写真のパンです。
札幌キムラヤの北海道ブレッド
「メープルクロワッサン」。

 

そしてもう1軒、赤坂駅前のマルエツプチに寄り
リンゴを買って帰りました。

 

 

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野鳥は都道府県の所有物

ポッポちゃんの時に知ったことなのですが
このような野鳥は、都道府県の所有物なのだそうです。

 

善意であっても怪我をした鳥をうちに置くことは
法律違反になるので、指定の獣医師のもとに
連れて行かなくてはいけないと。

 

私は明日は、早朝に家を出て一日外出しているので
ハトを獣医さんに連れて行くわけにはいきません。

 

連れて行くのはそれ以降になっていまうけれど……。
私はハトを左手にのせながら考えていました。

 

 

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掌の上の小さな命の重み

ハトの体は軽いものでした。
左手にのせていても平気なほどに。

 

わずかな重さではありましたが、それはあたたかさを
伴った命の確実な重みでもありました。

 

5年ほど前にうさぎのあぷりを失ってから
久しぶりに感じる、掌の上の命の重み。

 

うちの近くだと、指定の獣医師はどこになるのだろう?
東京都下の遠い場所ではないだろうか?
早速、今晩ネットで調べてみなくては、と。

 

私は持っていた紙袋をハトの前に持ちかえて
9月とは思えない冷たい風をよけながら、

 

「寒いね、もうすぐお家だからね」
とハトに呼びかけていました。

 

ですが、うちに帰るほんの2、3分前に
ハトはこときれていたのです。

 

 

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お水だよ

私は家に帰って、紙の上にハトをのせ
お水を含ませたカット綿をくちばしの隙間に置きました。

 

ポッポちゃんは、うちにつくと
本当に驚くほど水を飲んだのを思い出したからです。

 

私は思いました。
自分のしたことが死を待っているハトを
余計苦しめることになったのかもしれないと。

 

悲しさと疲れが、私の心と体に
重く覆いかぶさり静かに涙がこぼれ落ちました。

 

 

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今晩中に埋葬をしなくてはね

お香を手向けてお経を上げました。

 

私はたとえようもない脱力感に教われましたが
明日は一日外出することを考えると
ハトをこのままにはしておけません。

 

9時頃になって、ハトを埋葬しに行きました。
2カ所の候補地のうち、家に近い方にすることに。

 

玄関を出る時、ドアの右側に置いてある
ももちの写真に、私は心の中でつぶやきました。

 

 

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「ももち、またハトを拾っちゃったよ。
でも、今度の子は死んじゃったけどね」と。

 

部屋の玄関から埋葬しようと考えていた
場所につくまで、私は誰にも会いませんでした。

 

赤坂の駅のそばではあるのですが
夜にその場所を通る時などは
こわく感じるほど人通りがない場所です。

 

スコップがないので大きなスプーンで
土を掘っていると、家路を急ぐ人や、
イヌの散歩をしている人が通り過ぎます。

 

思うように穴は掘れません。
ごめんね、といってハトを土に横たえました。

 

 

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どこで死を迎えているのでしょう?

そういえば、と私は思いました。
どなたもいろいろな場所で
たくさんのハトを見ていることでしょう。

 

特にハトは群れでいることも多く
一度に何十羽、いえ百羽以上を見ることも
稀ではないはず。

 

にもかかわらず、私はまだ一度も
ハトの死んだ姿を見ていないことに気づきました。

 

ハトたちはどこで死を迎えているのでしょう。

 

 

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翌朝に出会った4羽のハト

明日は早く家を出るというのに
私はシャワーを浴びる気力も残っていませんでした。
土堀りで手は汚れていたのですが。

 

シャワーは明日の朝にしてとにかく横になると
あとからあとから涙が溢れてきました。

 

まるで知り合いの人が亡くなったかのような悲しさ。

 

翌朝私は、7時少し前に赤坂見附の駅に向かいました。

 

赤坂見附駅の少し手前で、道路に落ちいている
何かをついばんでいる4羽のハトに出会いました。

 

前回のハトにはポッポちゃんと名づけましたので
今度のハトはピッピちゃん。

 

もし昨日、ピッピちゃんが事故に遭わなかったら
5羽でエサをついばんでいたかもしれなかったのにね。

 




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4 thoughts on “また、ハトを拾ってしまいました(六本木編)

  1. あぷちーさん
    昨日の夜読んだけど、悲しくてコメントできなかったよ。
    「ハトの恩返し」も読んだよ。
    都会のハトの最後なんて考えた事なかったな。
    時々集団でいると、何匹か体の不自由なハトがいるけど、
    みんなの中に入って、がんばって生きてるよね。
    その後って…
    きっとあぷちーさんみたく、心優しい人がいると信じよう!

    • usaponさん
      優しいコメント、ありがとう。
      「ハトの恩返し」も読んでくれたなんて、
      それだけで涙が出ちゃうよ。
      あのポッポちゃん、本当に不思議だった。
      会った瞬間から、私を信じて頼っていたの、野生のハトが。
      私がそばにいるとウトウトしだしたので、寝そうだと思い
      私が立つと、突然ポッポちゃんも立ち上がって私を
      探すんだよ。
      獣医さんに連れて行く時の電車の中でも同じで
      私はボロボロ涙をこぼしていた、人が見ていたけどね。
      今度のピッピちゃんは、本当に短い時間だったけど。
      でも、私の手の上で息を引き取ったなんて、やっぱり
      縁がある子だったんだと思う。
      埋葬した場所を通る時、手を合わせているよ。

  2. お久しぶりです。も〜!悲しすぎる。
    昔、誰の言葉だったっけ…群衆の孤独って言葉があったような気がするけど…
    人がたくさんいても一人を感じる、孤独であるという
    むしろ群衆の中でこそ孤独を感じるという
    都会の雑踏で一人寂しく命の灯火を消そうとしていた鳩に気がついてくれた人がいたというだけでも、その鳩にとってはとても心強く、また慰められたことだったと思います。
    しのぶさん、まるで幸福の王子で最後にツバメの亡骸を見つける天使みたいだよ…

    私はこちらで、丁度パイクプレースマーケットの前の道路で鳩が轢かれて死んでいるのを見た時に、そういえば野鳥の亡骸って見たことがないと思っていたんです。
    死を予兆すると死に場所を探しに行くのかな。

    昔、大学生の頃ですが、私はカーチャンと近所を徘徊していた時に(名前はわからないけど)水鳥が空き地でグッタリしているのを見てたんです。一旦帰宅してダンボール箱を持って来て捕獲して看病しようと思ったんです。で、ベランダに連れて来て様子を見ていたら、カーチャンが「おせんべい食べるかしら?」なんて、いっきなり煎餅をその鳥の目の前に!煎餅に驚いたその水鳥は元気に飛び立って行きました…
    煎餅は絶対食べないと思う…あぁ〜

    • ウサギの手も借りたいほど忙しい日々を送っているみぎぃさん、
      来てくれてありがと〜!
      本当にそう、人っ子一人いない草原にいるより
      群衆の、大都会で一人の方が寂しいと思う。
      あるいは二人だと思っていら一人だった、と
      気づいた時とか……。

      動物、特に野生の生き物は一人で死を迎えることに
      恐怖はないはず。
      前に、死を恐れるのは人間だけと聞いた気もするし。
      結局これは、ハトの為というよりは私自身の為
      だということはハトを連れてくる前からわかっていた。
      このまま立ち去れない私自身の問題だとは。
      ハト自身は、その状況をただ受け入れていただけだろうし
      私が連れて歩いたことによって、いっそう体の負担に
      なってしまったかもしれないとは思うけど、気遣ったという
      気持ちだけはきっと伝わっていて、
      「ありがた迷惑だし、体も放ってほいてもらった方が楽
      だったんだけど、でも気持ちだけはありがとう」
      という感じかも。
      死ぬのは仕方ないけど、この状態の生き物に対して
      誰も何も関心を示さない……。
      矢が刺さったカモとか、危険な場所にいるイヌとかには
      かわいそ〜!、というわりには平然としていて。

      私も死ぬ場所があるのだと思っている。
      よくゾウはそういう場所で死ぬから、その場所を
      見つけることができたら象牙がたくさん手に入る
      なんていうこともウソかホントかわからないけど
      聞いた気がするし。
      去年のお盆に書いた、死後にお別れを言いに来たイヌも、
      結局、体は見つからなかった。
      見つからなくて母と私があちらこちら探していたので
      姿を現して、自分が死んだことを母と私に伝えに
      来たんだと思う。
      飼い犬でさえそうなのだから、野生の動物はなおのこと。
      いくら都会のハトでも、かなりの距離を飛んでいるし
      そういう場所はきっとあるんだろうね。
      こんなふうに突然、事故にあったりしなければ
      そこで安らかに死に入るんだと思う。

      「おせんべい食べるかしら?」!!
      傷を負った水鳥も思わず飛び立つ魔法の言葉!
      私は食べると思うけど……

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