乃木希典から命名された「乃木坂」の昔の名前は「幽霊坂」 赤阪の坂7

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乃木坂駅の住所は南青山

ここ数回「赤阪駅」を通っている東京メトロ、千代田線のお話を
してきましたが、千代田線の「赤阪駅」のお隣は「乃木坂駅」です。
ということで、今日は「乃木坂」のお話をしましょうね。

 

「乃木坂」は駅名でもあり、坂名でもありますが
「赤阪」は駅名ではありますが、坂名ではありません。
「乃木坂」という坂はありますが、「赤阪」という坂はありませんから。

 

ですが「赤阪」という住所表記はありますが
「乃木坂」という住所表記はありません。
と少々ややこしくなってきましたので、早速お話を始めましょう。

 

 

nogizaka     左下にある乃木坂駅のそばのピンク色の部分が「乃木坂」

 

 

「乃木坂駅」の住所は南青山1-25-8 であり、赤阪ではありませんが
坂の方の「乃木坂」は、赤阪8丁目と9丁目の境の場所に
あり、地図にはピンク色で示してあるところです。

 

ひらがなの「く」の字といいますか
アルフェベットの「L」といいったらいいでしょうか、
とにかくそれらの中心から撮った写真がこれです。

 

 

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写真右の方の道は、地図でいいますと下の方に進む道、
外苑東通りで、六本木駅に向かっています。
そちらを向いて撮った写真がこれです。

 

 

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少しだけ上り坂になっているのがおわかりでしょうか?
写真ですとあまり高低差を感じないのですが
実際はもっと坂という感じがします。

 

この写真の右側に見えているのが、乃木坂陸橋。
こちらは赤阪出口になります。

 

この陸橋の上から、「く」の字の上の部分の
「乃木坂」を撮った写真が次のもの。

 

 

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こちらは赤坂通りで、赤阪駅や赤坂サカスへ向かう道。
乃木坂駅と赤阪駅は歩いてもすぐの距離です。

 

写真では見にくいのですが、中央当たりに1ミリ ×3ミリほどの
黒っぽく見えているものは、赤坂サカスのビッグハット。

 

 

TBSbighut140618         赤坂サカスのビッグハット

 

 

 

「乃木坂」の昔の名前は「幽霊坂」

「乃木坂」は江戸時代には、「幽霊坂」や「なだれ坂」
「行合坂」、または「膝折坂」ともいわれていたそうです。

 

ただ「幽霊坂」という名前の坂は「乃木坂」に限らず、港区のお隣
千代田区富士見町、同じく神田淡路町、港区では三田、その他
北区、新宿区、新宿区、文京区と「幽霊坂」はいくつもあるとか。

 

これらはみんな江戸時代に名づけられたそうですが
『江戸の坂 東京の坂』(有峰書店・横関栄一著 昭和45年刊)に
よりますと、幽霊が出ることで有名だから、ではないということ。

 

江戸時代の江戸っ子は(この言い方は「馬から落ちて落馬」してる?)
木々がうっそうとして寂しく「いかにも幽霊が出そうだなぁ」という
場所を幽霊坂と名づけたのだそうです。

 

だから、あちらこちらにあるわけ。
ということは、幽霊が出るわけではないのでちっとも恐くないですね。

 

 

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「幽霊坂」から「乃木坂」へ

「幽霊坂」と呼ばれていた坂が「乃木坂」と命名されたのは
1912年、大正元年9月のことでした。

 

この付近に住居を構えていた大日本帝国陸軍の重鎮で、学習院院長
でもあった乃木希典の殉死を悼み、赤阪区議会が議決したのです。

 

この写真は旧乃木邸の門から垣根の部分を映したもの。
写真の右端に見えているのは、赤煉瓦で作られた厩です。
とても立派で、うちよりはるかに大きい。

 

 

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駅名も「乃木坂」に

「赤阪」は住所としても使われている地名ですが
「乃木坂」という住所表記上の地名はありません。

 

ですがこの1912年の赤阪区議会での「幽霊坂」→「乃木坂」の
命名変更により、それ以降このあたり一帯は
「乃木坂」と呼ばれるようになったということです。

 

その後の1972(昭和47)年、千代田線の駅名としても
「乃木坂」は採用されることになります。

 

住所表記上は存在しないとはいえ、「乃木坂」は
確実に市民権を得た地名となっているのですね。

 




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