市田柿(干し柿)で作られた和菓子 粋甘粛「源吉兆庵」

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ドライフルーツだけど和菓子

この写真を見ると一見、コロッとした干し柿かな?、とも
思われるかもしれませんが、これは源吉兆庵の干し柿を使った
「粋甘粛(すいかんしゅく)」というお菓子です。

 

丸ごとの干し柿の中に白あんを詰めたものを、羊羹で薄く
包み込み、そのまわりをみじん粉でまぶしてあります。

 

干し柿のもっている本来の甘さに、すっきりとした控えめな白あん、
そしてまたちょっと甘い羊羹という、3種類の甘さの
ハーモニィが楽しめるドライフルーツ和菓子。

 

 

160209suikanshuku   源吉兆庵の「粋甘粛(すいかんしゅく)」を切ったところ

 

 

 

柿の季節だけのお菓子「粋甘粛」

1つあたりのエネルギーは213キロカロリーで、商品発送から
賞味期限までの日保ちは、おおよそで20日間ということ。
季節限定のお菓子で、9月の上旬から2月の中頃まで販売されています。

 

原材料名は、
干し柿、砂糖、白小豆、白あん、水飴、小豆、澱粉、寒天、赤酒、
トレハロース、ユッカ抽出物、ゲル化剤(糖粘多糖類)、調味料
(アミノ酸等)、酸化防止剤(二酸化硫黄)。

 

酸化防止剤として「二酸化硫黄」?、とちょっと驚きましたが。
源吉兆庵の「粋甘粛」に使われているのは、長野県下伊那郡
高森町の市田地方で栽培されている「市田柿」という渋柿。

 

2006年10月に、特許庁から長野県唯一の地域ブランド
として認定された、南信州を代表する特産品です。

 

 

121202kaki    こちらは低温乾燥をさせたかゆりファームの「かゆり柿」

 

 

 

干し柿

干し柿には大きく分けて「あんぽ柿」と「ころ柿」が
ありますが、それぞれの特徴は次のようなものです。

 

       あんぽ柿           ころ柿
   ___________________________

水分    50パーセントほど       25〜30パーセント
*粉     表面に粉がない         表面に粉が出ている
食感     やわらかい          羊羹のようにねっとり

 

市田柿は「ころ柿」で、「ころ」は「枯露」と書きます。
昼間は乾いて(枯)、朝夕は露で湿っている(露)という
ことを繰り返すことによって、干し柿ができあがります。

 

また「枯」「露」だけではなく、よく転がし揉んで仕上げるという
意味で「転がす(ころがす)」の「ころ」だとも言われています。

 

 

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文献上に現れる柿

植物学上カキノキ属に属する柿の仲間は、約200種類あり
アフリカ以外の熱帯から温帯にかけて分布しています。

 

日本にもヤマガキが自生していたとの説もありますが
市田柿を作る渋柿は、奈良時代に中国から伝わったといわれています。

 

日本で文献上「柿」という文字が現れたのは『古事記』や『万葉集』で
人名や地名として登場、というとすぐ思い出すのは柿本人麻呂ですが
名前の由来は、自宅のそばに柿木が生えてたからだそう。(ホント?)

 

平安時代中期に編纂された律令の施行細則『延喜式』
には、柿百株を栽培したとの記載もあります。

 

 

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           「黒柿両面厨子」正倉院

 

 

柿の栽培といっても食用ばかりではなく、高級用材としても用いられて
いたようで、正倉院にはカキノキ科の木材で作られた「黒柿両面厨子」
というお厨子や「黒柿蘇芳染金銀山水絵箱」等が納められているとか。

 

また『宇治拾遺物語』や『古今著聞集』にも柿は登場し、
そうそう『さるかに合戦』にも柿は出てきますね。

 

 

 

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中国  →  九州  →  下伊那地方へ

飯田市下伊那地方は奈良を起点として、現在の岐阜県、長野県、群馬県
などの本州の内陸部から東北へ通じる(古)東山道の道筋にあたります。
中国から九州へ伝わっていた渋柿は、下伊那地方へも広まってきました。

 

鎌倉時代の1278(弘安元)年、日蓮大聖人から信徒であった伊賀良庄
(現在の飯田市)の地頭代・四条金吾頼基(しじょうきんご  よりもと)
へ送られた礼状には「串柿五把」の文字が見えます。

 

このことから、当時は素朴な製法だったと思われるものの
700年以上も前の鎌倉時代に、飯田市下伊那地方では
すでに渋柿の栽培や加工が行われていたことがわかります。

 

 

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江戸時代にはお米を納める年貢が有名ですが、飯田・下伊那地方は
干し柿による収入も多かったことから干し柿にも年貢がかけられていて
1656(明暦2)年、飯田城主の脇坂安元が柿改を行った記録があります。

 

当時は「立石柿」という柿が主流で、江戸でも人気の干し柿でした。
しかし次第に人気は、立石柿から「焼柿」へと替わっていきます。
この「焼柿」が後に「市田柿」と呼ばれる柿です。

 

 

160209suikanshuku       「粋甘粛(すいかんしゅく)」源吉兆庵

 

 

 

明治の終わりから始まる市田柿作り

明治の末、市田柿を生み出すことになる上沼農園では、柿の栽培と
出荷を続けましたが、事業は失敗の連続だったといいます。
ようやく軌道に乗るようになったのは、なんと戦後になってから。

 

戦時中、果樹は贅沢品とされ、新たに植えることが禁止された
のみならず、1944(昭和19)年には、強制伐採が進められ
長野県内の柿の木の半分近くが切られてしまいました。

 

食料が不足している戦時中ですので、市田柿は珍重され
甘い柿の皮をお砂糖代わりに販売する人さえいたといいます。
なぜ、貴重な実が成る木を切ったりしたのでしょうね?

 

 

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戦後、硫黄燻蒸の取り入れ

敗戦後は果樹の生産・販売に関する統制が廃止されて
市田柿の加工の研究も盛んになり、あんぽ柿ではすでに大正時代から
導入されていた、硫黄燻蒸の研究を上沼農園でも行うようになります。

 

硫黄薫蒸(いおうくんじょう)とは、熱で硫黄の粉を燃やし、
発生した二酸化硫黄で、つるした柿を燻蒸することをいいます。
皮むき直後の柿に硫黄燻蒸をすることで、

 

1 干し柿の酸化を防止し、果肉の色をきれいに仕上げる
2 制菌作用によりカビや雑菌の繁殖を抑える
3 干し柿の乾燥を促進する

 

という効果が得られます。
なお、硫黄燻蒸による二酸化硫黄の残留量は食品衛生上、問題の
ない量ですので心配いらないとのことです。(「市田柿のふるさと」

 

 

 

turushigaki          市田柿を干している「つるし柿」

 

 

 

二日酔いの予防効果も

干し柿は栄養価も高く、一番多く含むのは炭水化物ですが、βカロチン、
タンニン、食物繊維、ミネラルを含み、特にマンガンやカリウムが豊富。
カリウムは心臓や筋肉の機能を調節し、血圧を正常に保ち、
食物繊維は便通改善や大腸がんの予防効果があります。

 

干すことによりビタミンCは失われてしまいますが、代わりに
Bカロチンは3倍に増えるともいわれ、体内でビタミンAにかわる
カロチンは、免疫機能を高めたり発ガン予防の働きも期待できます。

 

また、意外なことに干し柿は二日酔いの予防にもよいのだとか。
江戸時代の『本朝食鑑』にも、柿が酒毒を解すると記載されています。
その上,脾臓を健康にし下痢を止め、咳や吐き気をおさえて、
お酒の悪酔いを防いだり、火傷にも効くなどと書かれています。

 

「火傷に効く」というのは、Bカロチンが粘膜を強くする
働きがあることを指しているのかもしれませんね。

 

 

160208suikanshuku       市田柿を使ったお菓子「粋甘粛」源吉兆庵

 

 

 

干し柿はショ糖が分解される

干し柿はカロリーは高めとよくいわれますが、そうはいっても
も大きさによりますが、1つ100キロカロリー前後。
ダイエットをしている人は気をつけてというほどでもありませんね。

 

でも貧血気味の人は摂り過ぎに注意をした方がいいかもしれません。
干し柿に多く含まれているタンニンは
鉄分の吸収を妨げることがありますので。

 

生柿の状態での糖分は、ショ糖が60〜80パーセントを占めて
残りはブドウ糖(10〜20パーセント)と果糖(10〜20パーセント)。
干し柿は、ショ糖が分解されてブドウ糖(50パーセント)と
果糖(50パーセント)に変化します。

 

 

生柿  ********ショ糖********ブドウ糖果糖*

              ↓

干し柿 *****ブドウ糖***********果糖******

 

 

干し柿の表面の白い粉はブドウ糖ですが、体内吸収が早く、
筋肉や脳へのエネルギー源として重要な物質として有名。

 

前々回の「ブルーソーラーウォーター」から始まり、前回の「紀ノ川柿
お日様が作る柿色」
、そして今日の「市田柿」と太陽光を浴びること
により成分が増えたり、変化したりというのはとても興味深いですね。

 




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