ミッフィ(うさこちゃん)の作者 ディック・ブルーナ

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ディック・ブルーナは亡くなってしまったけど

三日前のツイッターのタイムラインを見ている時のこと、
棺に入って眠るミッフィーちゃんの絵が目に飛び込んできました。
嫌な予感がします。

 

発信していたのはオランダ在住の「Janko Bosch」さん。
絵には次の言葉が添えられていました。

 

「Dick Bruna overleden maar nijntje will live forever!
(ディック ・ ブルーナが亡くなってしまいましたが
ミッフィーは永遠に生き続けます!)」

 

やはり不安は的中してしまいました。
ミッフィー(うさこちゃん)の作者であるオランダのグラフィック
デザイナー、絵本作家のディック・ブルーナが、2017年2月16日に
オランダ、ユトレヒトで老衰のために89歳で亡くなったそうです。

 

 

     オランダのユトレヒトの信号は「ミッフィーちゃん」

 

 

 

世界中で愛されたうさぎ

ミッフィーのお父さんであるディック・ブルーナ(Dick  Bruna)は
オランダのユトレヒトで生まれ、89年後に同じ街で亡くなりました。
そんなミッフィーちゃんの街の信号は、こんなに可愛い信号です。

 

上の写真は青(緑)信号のミッフィーちゃんですが、もちろん赤信号も。
こちらの写真もツイッター「ひるひ」さんという方からのものです。
ミッフィーちゃんの信号のある、こんな素敵な街で暮らしたいですね。

 

ユトレヒト市で生まれたディック・ブルーナは、60年にわたる
長い制作活動の間に「ミッフィー」シリーズを
はじめとして、120作を越える絵本を刊行しています。

 

 

 

 

ディック・ブルーナの絵本は、世界50カ国以上で
翻訳され、8500万部以上のロングセラーと
文字通り世界中で愛された絵本作者でした。

 

日本では、1964年『ちいさなうさこちゃん』という題の絵本が
出版されて以来、5000万部以上の絵本が刊行されて
「子どもが初めて出会う絵本作家」として親しまれてきました。

 

我が子だけではなく、全ての子どもを愛し、そして
世界中の子どもたちに愛されたディック・ブルーナ。
その絵の原点には、強い平和への願いがありました。

 

 

 

 

 

冬に湖を泳いで逃げる人

1927年にユトレヒトで生まれたディック・ブルーナは、幼い頃から
画集に触れて、油絵を描いている子どもでしたが、十代の半ばの
多感な時期に、第二次世界大戦を経験することになってしまいます。

 

祖国であるオランダは、ナチス・ドイツに侵攻されました。
戦時下にあったある日のこと、冬の寒さの中
冷たい湖を泳いで逃げるユダヤ人の姿を目撃します。

 

彼は憤りと悲しみを覚えたといいます。
「(この体験が)ぼくの人生を決定づけたのかもしれません」
とディック・ブルーナは後に語っています。

 

 

 

 

 

父の猛反対の中、画家を志す

1945年、第二次世界大戦終結後、高校を退学して
イギリスとフランスの出版社の研修に出かけます。
出版社を経営する父親の跡を継ぐため、との名目のもとで。

 

しかし、実際は美術館や画廊をまわり、パブロ・ピカソや
アンリ・マティスの自由な作風に影響を受けて
自らもスケッチに励む日々だったのです。

 

1947年にはオランダに戻り、アーティストになることを
父親に認めてもらい、アムステルダム国立美術アカデミーに
入学しましたが、自らの求めているものとの違いから退学。

 

1951年、イレーネとの結婚を機に、父親の経営する出版社
「A.W.ブルーナ&ゾーン」に専属デザイナーとして就職した彼は、これ
以降、2000冊を越えるブックカバーのデザインを手がけることなります。

 

 

 

 

 

1955年、ミッフィーちゃん誕生

1953年、彼の最初の作品である絵本
「de appel(りんごぼうや)」を発表。

 

1955年には、ミッフィーシリーズの最初の1冊が誕生しました。
これはイレーネ夫人との間に恵まれた3人の子の、最初の子に
してあげたうさぎのお話がもとになっているそうです。

 

日本では「ミッフィー」や「うさこちゃん」と呼ばれているうさぎの
オランダ名は「ナインチェ(nijntje)」で、これが本の題名。
ミッフィーは、オランダでは「ナインチェ・プラウス」という名前です。

 

その年に、「nijntje(ちいさなうさこちゃん)」と
「nijntje in de dierentuin(うさこちゃんとどうぶつえん)」を発表。
その時の「うさこちゃん(ナインチェ)」はこんな子です。
今とかなり違っていますが、この子も素朴て可愛いですね。。

 

 

          最初の子うさぎ「ナインチェ」

 

 

「ミッフィー(うさこちゃん)」のオランダ名は「ナインチェ」でしたが
実は、ディック・ブルーナという名前も、ブルーナという姓以外は違う
そうで、本名は「ヘンドリック・マフダレヌス・ブルーナ」。

 

「ディック」というのは「太っちょ」という意味の愛称だそうですが
ブルーナさん、ちっとも太っていないのに面白いですね。
それとも子どもの頃は、ちょっと太っていたのかな?

 

 

 

「ブラック・ベア」シリーズ

彼の父の会社であったA.W.ブルーナ&ゾーン社は、老舗の中堅出版社
でしたが、第二次世界大戦後は、電車に乗る時にポケットに入る
サイズの、ペーパーバックの探偵小説の出版で成功します。

 

それまでの書籍の概念を覆す、ディック・ブルーナの描くシンプルで
斬新な装丁は人気を博し、年間150冊もの装丁をこなしました。
英作家イアン・フレミングの「007」シリーズの装丁も彼の作品だそう。

 

同社のキャラクターだった熊に彼が手を加えた「ZWARTE BEERTJES」
(ブラック・ベア)」は、読書週間用のポスターとして登場し、
1955年には、A.W.ブルーナ&ゾーン社のペーパーバック
「ブラック・ベア」シリーズが生まれました。

 

 

      ディック・ブルーナの装丁(写真/「assist on」

 

 

 

小さな四角形の絵本

1959年には、彼の最初の絵本だった「りんごぼうや」(1953年)の
改訂版が出ることになりましたが、この時に私たちにおなじみの
あの小ぶりの正方形の絵本スタイルが生まれます。

 

その理由は、この大きさが「子どもの手に取って楽しく
両手におさまるサイズだから」というものですが
まさに納得です、本当に子どものための絵本ですね。

 

また彼の絵本は、全て12場面の構成になっています。
これも幼児が集中できる時間が10分ということから
その時間内に読み切れるページ数ということだそう。

 

1971年に、グラフィックデザイナーのピーター・ブラッティンガと
ともに、ディック・ブルーナの著作物を管理するメルシス社を設立。
1975年にA.W.ブルーナ&ゾーン社を退職するまでの20年間、
彼は「ブラック・ベア」シリーズの装丁を続けました。

 

 

 

たった一人でミッフィーちゃんを描き続ける

出版社を辞めて独立した後も、ディック・ブルーナはアシスタントを
雇わずに、構想から仕上げまで、たった一人で仕事場で描き続けます。

 

ミッフィーちゃんの絵をよく見ると、黒の輪郭線がちょっと
デコボコしていますが、その理由を彼はこう答えています。

 

 

輪郭がちょっとデコボコしているミッフィーちゃん
(写真/「ディック・ブルーナ みみよりフログ」

 

 

「私の線は、いつも少し震えています。
まるで心臓の鼓動のようでしょう?
震える線は私の個性なのです」と。

 

 

 

2015年 ミッフィー誕生60周年

それからもディック・ブルーナの活躍は目覚ましく
数々の賞を獲得してゆきました。

 

1983年「オレンジナッソー勲章」
1990年「くまのぽりす」でオランダ書籍宣伝協会から「金の絵筆賞」
1993年 オランダのベオトリクス女王からナイト(騎士)の称号を受ける
1996年「うさこちゃんのてんと」でオランダ書籍宣伝協会から
「銀の絵筆賞」受賞等、書ききれませんのでこのくらいにしましょう。

 

2006年には、ディック・ブルーナの作品を専門に展示する美術館
「ディック・ブルーナ・ハウス」(現在は
「ミッフィー・ミュージアム」)もオープンし、

 

2007年には、次世代に英知をもたらす「Wisdom」 Projectで
「世界の70人」に選ばれています。

 

また2013年には、初めての映画「劇場版ミッフィー どうぶつえんで
宝さがし」が公開され、2015年には、ミッフィー誕生60周年を
記念する展覧会が世界各地で開催されました。

 

 

 

 

 

2011年 涙を流すミッフィーちゃん

そして私たち日本人には決して忘れることのできないことがあります。
2011年の東日本大震災の時に、ディック・ブルーナが
描き起こしてくれたミッフィーちゃんです。

 

当時、唯一このアートの使用を許可されていた会社に所属していた
グラフィックデザイナーのいちかわ照葉さんは、このアートに
添えられていたディック・ブルーナの言葉を記してくれています。

 

「このアートのライセンス料(使用料)は一切いただきません。
これを自由に使って、日本の復興に役立ててください。」
                   (「日々色々」

 

私は当時、そのようなディック・ブルーナの言葉は
全く知りませんでしたが、涙を流しているミッフィーちゃんを
見て、私も涙が溢れたことを思い出します。

 

 

 

 

 

正面を向くミッフィーちゃん

そういえばミッフィーちゃんって、いつも正面を向いていますね。
これは読者といつも対話していたいという思いから、登場人物は全て
正面を向き、読者と目を合わせるように設定されているためだそう。

 

「飢餓、貧困、病気から子どもたちを守ろうと訴える
ポスターも描き、東日本大震災では涙を流す
うさこちゃんのイラストで日本の子どもたちを励ました。
生涯にかいた絵本の、どの主人公も
まっすぐに読み手である子どもたちを見つめている。
子どもたちを怖がらせるストーリーは一昨もない」(森本俊司)

 

 

 

 

また、ミッフィーちゃんの絵に多い余白について
ディック・ブルーナはこう説明しています。
「多くの余白を子どもたちの想像力のために残しておいた」と。

 

ミッフィーちゃんの絵の余白を読み取った後に、自分の心の余白に
描き込む作業は、私たちに残された仕事なのかもしれませんね。
ディック・ブルーナさん、ありがとうございました!   (・×・)

 




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