中国磁器の歴史「景徳鎮」

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「青花蓮池魚藻文壺(せいかれんちぎょそうもんつぼ)」
景徳鎮窯 元時代 14世紀  重要文化財
大阪市立東洋陶磁美術館所蔵

 

 

磁器を初めて完成させた中国

陶磁器のことを英語で「China」「 Chaina  ware」と
呼びますが、これは陶磁器の製造が紀元前7000年頃
(新石器時代)の中国から始まっていることによります。

 

現存する最古の例としては、裴李崗(はいりこう)と
磁山(じざん)の遺跡から出土した紀元前6000〜5000年
を超える土器とされていました。

 

最近は、紀元前8000年を超える蘇生土器の例が、
江西省の仙人洞(せんにんどう)や、河北省の南荘頭
(なんそうとう)遺跡で発見されています。

 

(青屋昌興『川辺町風土記』南方新社 2006年では
河北省の南荘頭遺跡は1万800年前を記しています)

 

素材の陶土としては主に沈殿土が使われ、
強度や耐火性を高めるために砂粒や石灰粒、
雲母や籾殻、麦藁なども混ぜられていました。

 

成形技法は手捏ねが主なものでしたが、細くした粘土を
巻き上げたり輪積みをしたり、叩きや型作り等で紀元前
3000年頃には轆轤(ろくろ)のような回転台もありました。

 

最初は、窯を使わずに野外に積み上げて焼く「野積み」
でしたが、半地下で焼く「横穴式」や「縦穴式」も登場。
焼成温度は800度から1000度くらいと考えられています。

 

作られたものは鉢や壺に盆、杯、碗、釜等々多岐に渡ります。
また鳥をなど象ったり、線彫りや押印、透し彫りを施したり
というように装飾も加えられています。

 

 

彩文土器(彩陶)

 

 

 

彩文土器(彩陶)

紀元前5000年末から2000年の間には、
造形的に精巧で美しい、中国で「彩陶」と呼ばれる
「彩文(さいもん)土器」が発達しました。

 

器胎は赤い色をしていて、模様は赤や黒に
発色する酸化鉄の顔料が使われていて
成形に轆轤(ろくろ)は使用されていません。

 

 

卵殻陶(黒陶)の高柄杯
山東龍山文化の出土品

 

 

 

「黒陶」

彩文土器に続いて作られるようになったのが「黒陶」と
呼ばれるもので、酸化焔による赤い色の陶器に対して
還元焔でいぶして炭素粒子を付着させる褐色の土器。

 

紀元前2300年から500年にかけての代表的な土器で、
この時期に轆轤(ろくろ)による成形と、縦穴式の
窯が普及して量産が可能になりました。

 

と同時に技術的にも進歩して、三つの袋足を持つ
器など、多様な形が作られるようになります。
また器胎の厚みが、0.5〜1ミリほどの卵殻陶と呼ば
れる艶のある精巧かつ優美な土器も誕生しています。

 

 

三足土器

 

 

 

すでにカオリンを使用し「白陶」を作成

驚くべきことに「黒陶」と同じ時期に「白陶」ができています。
のちに磁器の材料となるカオリン(高嶺)土を、すでに
紀元前3000年〜2000年頃に使い白陶ができていました。

 

ただしこれは一般の生活に用いられたものではなく
人々が普段使うものは「灰陶」と呼ばれる土器です。
還元焔で作られる、紅い陶器よりも堅く実用的なもの。

 

紀元前1〜2世紀、中国の後漢の頃に
磁器が作られ始め、紀元6世紀にはほ現在の
磁器と同じものができるようになりました。

 

また磁器ではなく陶器ではありますが、秦の始皇帝の
兵馬俑(へいばよう)が作られたのが紀元前200年頃
ですので、やはり中国は驚くべき国ですね。

 

 

1974年に中国・陝西省で発見された兵馬俑
現在は8000体ほど発掘されていますがまだ発掘中
人形の精巧さはも凄いが、この制作に携わった3千人
もの人を別の穴に閉じ込めて殺したというのも……
( 参照/「World Travel」)

 

 

 

白磁と青磁

唐代に発達して宋代に最盛期を迎えた「白磁」と
「青磁」は、あわせて「宋磁」とも呼ばれています。

 

青磁は、鉄分を含む灰釉(木の灰を燃やして作るうわぐすり
のこと)をかけて焼成した磁器で高熱で焼成されるもの。

 

明るい青緑色が一般的ですが、含まれる鉄の量によって
黄色がかった緑から青まで様々色があります。

 

 

「青磁 瓶」龍泉窯 元時代(14世紀)  高27.6㎝
玉壺春(ぎょっこしゅん)と通称する下ぶくれの形の瓶
緑味を帯びた青磁釉がかかっている  芸州浅野家旧蔵。

 

 

 

世界が憧れた白磁

白磁は、6世紀後半から華北地方で焼き始められ
隋時代に生産が盛んになりました。

 

唐の時代は「南青北白」と呼ばれ、南部には青磁、
北部には白磁を焼く窯が多かったようです。

 

白磁は、鉄分の少ないカオリンと呼ばれる白い素地に、
不純物の少ない灰釉をかけ、高火度で焼成します。

 

灰釉は1000度以上の焼成で溶け、ガラス質の皮膜となって
表面を覆い、耐水性や耐久性を高める役目を果たします。

 

 

「唐三彩馬俑(とうさんさいばよう)」
唐時代(8世紀) 高さ  71.2cm 長さ 82.5cm
(写真/「京都国立博物館」

 

 

 

唐三彩

唐代に作られた低火度で焼成する焼き物です。
陶質の素地に白化粧あるいは透明釉を掛けてから
緑色や褐色の鉛釉を加えて焼成します。

 

三色が混じり合って独特の文様を醸し出します。
8世紀前半に、主に副葬品として作られたため人物や馬、
ラクダ、家屋などをかたどったものが多く作られました。

 

三彩俑だけではなく他の色や金彩を施したものもあります。
王陵墓では1000体を越す俑が服装されたようですが
唐代後半になると俑の副葬は少なくなります。

 

 

景徳鎮(地図/「google 」)

 

 

 

景徳鎮 「良い土」と「薪」

11世紀の宋代に、景徳鎮で1300度の高温焼成による
美しい白磁が完成したといわれていますが、中でも有名
なのは千年の歴史を持つ「磁都」とも称される景徳鎮。

 

紀元1世紀の後漢時代から陶磁器の生産を始め、南北朝の
陳朝時代に大きく栄え、宋代には最盛期を迎えます、

 

鉄分の含有量が少なく、粘性や耐火度が高い「高嶺土」は
白磁作りに最適な原料ですが、景徳鎮は郊外に高品質な
「高嶺土」が算出される高嶺(カオリン)山がありました。

 

(後に、高嶺(カオリン)山の名前そのものが
高級磁器素材を示す「カオリン」になったほどです)

 

それに加えて、燃料用の薪(松材)にも恵まれていた
景徳鎮は漢の時代から磁器作りの町として栄えてきました。

 

 

 

 

 

「昌南鎮」→「景徳鎮」

江西省を流れる昌江の南に位置することから、当初は
「景徳鎮」ではなく「昌南鎮」と呼ばれていました。

 

宋代の景徳年間に宮廷献上用の陶磁器が生産され、
皇帝の真宗趙恒がこの磁器を気に入り「景徳年製」と
記すことを命じたことから景徳鎮と呼ばれることになります。

 

景徳とは、真宗趙恒の治世で2番目につけられた年号で
西暦でいうと1004年 〜 1007年にあたります。

 

 

「青花蓮池魚藻文壺(せいかれんちぎょそうもんつぼ)」
景徳鎮窯 元時代 14世紀  重要文化財
大阪市立東洋陶磁美術館所蔵

 

 

 

「青花」「粉彩」

景徳鎮の絵付けの代表的なものとして「青花」と呼ばれる
技法がありますが、これは日本でいう「染付」のことです。
14世紀前半、元代後期に完成された技法。

 

白磁の素地にコバルトを含む原料で文様を描き、
透明な釉薬をかけて焼く、白いお皿に青で模様が
描かれている私たちにも最もおなじみのものです。

 

「粉彩(ふんさい)」と呼ばれる技法は、ヨーロッパの
無線七宝を技術を導入したもので、清代の康熙年間
(1662〜1722)に開発された上絵付けの技法です。

 

これにより色数が飛躍的に増加し,濃淡のぼかし
を生かした細密な描写が可能になりました。
上の「粉彩梅樹文皿」は宮廷用の特別のものです。

 

景徳鎮官窯で焼成した最も優れた白磁の皿を
北京に納め、これを紫禁城内の工房で選ばれた名工が
絵付けをし、低温で焼き付け完成したものだそうです。

 

 

「粉彩梅樹文皿(ふんさいばいじゅもんさら)」
景徳鎮窯 高さ44cm 口径 17.3cm 底径 10.8cm
清時代 雍正年間(1723-35年) 重要文化財
東京国立博物館所蔵(写真/「夜咄骨董談義」

 

 

 

官民一体で世界の景徳鎮

景徳鎮には、元、明、清代には宮廷御用達の官窯が
おかれている一方、一般市場向けに日用雑器などを
作る民窯もありこれらも世界各地へ輸出されていました。

 

その需要はとどまることを知らず生産が追いつかない
状態になり、官民合同で製作をするようになります。

 

このことが、良い磁器原料と優れた技術を民窯にもたらす
ことになり、結果として景徳鎮自体の底上げがなされ世界
でトップレベルの地位を確立して行くことになりました。

 

 

タイ王朝から景徳鎮に注文された特注品
「ベンジャロン」タイから景徳鎮に絵師を派遣して
景徳鎮で焼成したもの(写真/「壺謎」

 

 

宋代に世界的に有名になっていった景徳鎮は
元代、明代にはその輸出先をペルシャ、トルコ、
アフリカ東海岸、日本へと広げていきます。

 

オランダやイギリスの東洋進出が始まると、西洋人
による輸入や注文が出されるようになって、相互の
技法やデザインの交流もみられるようになりました。

 




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