ネコやイヌまでをも供出させる戦争「おれは絶対いややで」

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「氏家法雄 ‏@ujikenorio」6月7日のツイートから

「昭和17年の夏、役場から突然『猫を供出せよ』とのお達し…
『アッツ島を守っとる兵隊さんのコートの裏毛になるんじゃ』。
『女の気持ち:私の猫』『毎日新聞』2012年8月3日付。
煙草吸いにリビング横切ったらタマが起きた。おれは絶対いややで。」

 

この文に冒頭のネコの写真と、「女の気持ち:私の猫」
という毎日新聞の記事が添えられていました。
毎日新聞の記事は以下のものです。

 

 

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「 私の猫

昭和17(1942)年の夏、岡山に住んでいた。
役場から突然『猫を供出せよ』とのお達しがあった。
うちの飼い猫は、私が物心ついた頃から我が家にいた。
名前はタマという。

 

学校から帰り、『タマ』と呼ぶと、『ニヤッ』と答えるだけで、
いつもかまどのそばで丸くなり寝ている老いた猫だった。

 

「猫をどねーするん?」。
役場の人に尋ねると、
『アッツ島を守っとる兵隊さんのコートの裏毛になるんじゃ。
アッツ島は寒うてのう。零下40度にもなるんじゃ。
お国の役に立つんじゃ、めでたい』と言った。
そして次の日の昼までに役場に連れてくるように指示して、帰った。

 

私は母に言った。
『山に隠そうや。お墓の裏なら、誰にも見つからんで……』。
しかし、母は首を横に振った。
『そねーなことをして見つかったら大事じゃ。
憲兵に連れて行かれる。軍のお達しじゃ、聞かないけん』
と言い返してきた。

 

私は泣きながら、近所の神社へ走った。
神社には大きな杉が6、7本あり、南側は川だった。
そこはどこからも見えないので、大声で泣いた。

 

『タマは殺されるんじゃ。
毛皮にされるんじゃ。可哀そうじゃ』。
升で量りたいほど涙が出た。
顔が腫れていた。

 

夕方、家に帰ると、タマはもういなくなっていた。
私のいない間に父が連れて行ったようだった。

 

アッツ島で日本軍は玉砕している。
私の猫はどうなったのだろう。
夏休みの時期になると思い出す。  大阪府八尾市 主婦 79歳」

 

 

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ネコもイヌも

私は以前、歯医者さんで同様の話を聞いたことがあります。
こちらはネコではなくイヌで「ミラー」という名のシェパード。

 

この話をしてくれた歯医者さんの父親も歯科医でしたので
診察に使う、口の中に入れて歯を見る鏡(ミラー)から
名前をつけたということでした。

 

当時、私の歯医者さんはまだ5歳になったかならないかという年頃。
毎日新聞に投稿していた女性より少し年下でしたが、彼女と同じように
今でもミラーのことが心に大きな傷として残っているようです。

 

私は憤りや悲しみはもちろんのこと、初めて聞いた時には
このようなことがあるとは思ってもいなかったもので呆然としました。

 

戦争中はお寺の鐘さえ供出させられた等の、金属類の話に関しては
知っていたものの、イヌが連れて行かれるなんて信じがたい思い。

 

コートの裏毛のためにネコやイヌを必要としていたなんて……本当?
確かに戦争中は物資が不足するのでしょうが
そこまでして戦争なんてしなければいいやん。

 

 

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「いやや」と言っているのは誰?

とここで氏家法雄さんのツイートの最後の文、
「煙草吸いにリビング横切ったらタマが起きた。おれは絶対いややで」
なのですが私は最初、誤解をしていました。

 

「おれは絶対いややで」は、氏家法雄さんの気持ちであり
言葉なのだと思われますが、私は最初、タマの言葉かと思ったのです。
タマが自分は行きたくない、と言ったのだと。

 

 

nekotama

 

 

このタマの写真は、単に可愛いというだけではなく
いかにも何かを言いたげな様子で、氏家法雄さんの
思いを汲んだタマの気持ちが写しだされているようです。

 

 

 

室生犀星と火鉢にあたるネコ

こちらの写真もやはりツイッターの
今年の2月の「かふか ‏@_kafukafuka_」さんのもの。

 

 

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室生犀星とネコちゃんなのですが、このネコ、両手(?)を
ちゃんと火鉢のふちにかけて火にあたっています!

 

タマもミラーも、みんなみんな
連れて行かれるなんて「絶対にいややで!」

 

衆院憲法審査会で参考人の憲法学者全員が「違憲」と主張した
安全保障法制関連法案が7月16日、衆議院を通過しました。

 

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「マキシム・ド・パリ」「ドミニク・サブロン赤坂本店」閉店!

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三店舗とも閉店!

前回、「相模屋」のくず餅の御紹介の時に「相模屋のある場所は
赤坂サカスの赤坂Bizタワー別館にある『ドミニク・サブロン』
の斜め前あたりです」などと書いてしまいました。

 

まあ、それは事実で間違いではなかったのですが
今日「ドミニク・サブロン」の前を通った時に見てみますと
ガラスというガラス全部に、白い紙のようなものが張られています。

 

「ドミニク・サブロン」はガラスを多用した店舗ですが
その全てに白いものが張られ中が見えないようになっていたので
改装工事?、とも思ったのですが、まさかの「閉店」でした!

 

 

140820rosenthalmateki      「アナナスココ」ドミニク・サブロン赤坂本店

 

 

 

銀座「マキシム・ド・パリ」も閉店

しかも「ドミニク・サブロン」のみならず
フランス料理店「ヴィエイユ・ヴィーニュ マキシム・ド・パリ」
「コート・ド・ルージュ赤坂」と三店舗すべてが閉店。

 

赤坂サカスだけではなく「マキシム・ド・パリ銀座店」も
6月30日に閉店していました。

 

銀座の「マキシム・ド・パリ」は日本初の本格的フランス料理店
ともいわれたお店で、高校生の私には、あの深いワイン色の
お店の感じが大人っぽく見えたものでしたが。

 

確かに先日の「NYCB(ニューヨークシティベーカリー)」
ある場所も次々とお店が変わったり、また「六本木クローバー」を
初めとして、麻布十番の数々の閉店もお知らせしています。

 

ですが「あのマキシム・ド・パリ」が閉店するなんてあり得ない、
と私は勝手に思い込んでいたのかもしれません。

 

 

12 10 5 kurowasan     「クロワッサン」ドミニク・サブロン麻布十番店

 

 

 

赤坂サカスの東側の「顔」

赤坂Bizタワーにある「ドミニク・サブロン」を含む
三店舗は、赤坂サカスがオープンした2008年3月6日から
一ツ木通りに面した場所で営業を始めました。

 

私はすぐ近くにある赤坂の「ドミニク・サブロン」より麻布十番店に
行く方が多かったのですが、赤坂サカスの「ドミニク・サブロン」が
日本初上陸の第1号店であり、赤坂が本店だったのです。

 

麻布十番の「ドミニク・サブロン」が閉店したことは
2013年4月24日にこのブログでお知らせしました。

 

その時に他のお店もなくなっていることは知りましたが、この度
全てのお店がなくなり、日本撤退ということになったのは本当に残念。

 

赤坂の三店舗の閉店の理由は「経営上の判断」、
経営不振によるものと見られています。

 

パリのサブロン氏も「今までご愛顧いただいたことを感謝すると共に、
いつかまた日本で店をオープンさせたいという気持ちでいる」
と言っていらっしゃるとか。(「倒産・解散・リストラ情報局@5050」)

 

 

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幻の「ドンベリかき氷」

実は私は「コート・ド・ルージュ赤坂」をブログでまだ紹介して
いないこともあり、今月中にランチに行くつもりでした。

 

こちらのランチは1000円(か1500円位)でしたので
結構リーズナブル、もっと行っておけば良かったなぁ。

 

同じ「コート・ド・ルージュ赤坂」ではシャンパンの
ドンペリのかき氷というものもあったのですが、そちらも未挑戦……。

 

 

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いつまでもあると思うな……

そんな後悔を書いていて、思い出しました。
今の家の引っ越しの時にオークの木だけは自分で運び、オークを椅子
の側に置いて一人で引っ越し祝いのランチをしたことがありました。

 

今はなくなってしまった「コート・ド・ルージュ赤坂」で。
くる途中の霞ヶ関の駅で、落合恵子さんとすれ違い
ほんの一言だけ言葉を交わした、本当に暑い日でした。

 

今日、7月17日の落合恵子さんのブログにはこんなことが……。
(「落合恵子*Journal of Silent Spring」)

 

 

12 10 5 surizu     「スリーズノア」ドミニク・サブロン麻布十番店

 

 

仕事で帰りが遅くなり、クレヨンハウスのレストランで遅い夕食を
とっていた落合恵子さんは、他の席の人から声をかけられたそうです。

 

声をかけたのは3人の30代の大学教師の男性。
彼らは台風11号の激しい風雨の中、安全保障法制関連法案への
国会での抗議行動に参加した帰りでした。

 

「奨学金制度を利用している学生たちがそれをたてに、
戦争に駆り立てられる可能性があるのではないか……、
そう思うと、居ても立ってもいられなくなって」

 

「実は昨夜も学生たちと来たんです」
等々の言葉を口々にしたそうです。
落合恵子さんは、次のように続けています。

 

「このところ毎晩のように抗議行動に参加されているという。
わたしも明日は国会周辺の抗議デモに参加する。
デモをしてどうなるの? そんな冷めた声もあるが、
『どうなるか』わかった時だけ、抗議するのか?
そんなケチな生きかたしたくねーよ。」と。

 

いつまでもあると思うな親と金、ではありませんが
いつまでもあると思うな「ドミニク・サブロン」と「憲法9条」。
少なくとも後者は絶対になくしてはいけませんね、絶対に。

 

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創業明治28年の「相模屋」 くず餅

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「相模屋」創業は明治28年

前回は、入れ替わりが激しい場所で、めでたくもそろそろ丸5年を
迎えるというパン屋さん「NYCB(ニューヨークシティベーカリ)」
を御紹介しました。

 

そのNYCB(ニューヨークシティベーカリー)から
赤坂サカス沿いに歩いて、5分もかからない場所にあるのが
今日、紹介する赤坂の老舗「相模屋」

 

ニューヨークシティベーカリーは今年の10月でまる5年を迎えると
いうことでしたが、こちらの「相模屋」はなんと今年で120周年です。
(東京都港区赤坂3-14-8 Tel. 03-3583-6298 Fax 03-3584-1636)

 

 

140824dominikusaburon        「ドミニク・サブロン」赤坂サカス

 

 

 

赤坂サカスの真ん前にある「相模屋」

創業は明治28年、西暦でいいますと1895年。
お店のある場所は一ツ木通りをはさんだ赤坂サカス向かい側。
以前、御紹介した「ドミニクサブロン」の斜め前あたりです。

 

お店の構えは、ちょっと地味めではありますが、同時に
百年以上もこの地にどっしりと根づいている力強さも感じます。

 

この「相模屋」は、いわゆる和菓子やさんというのではなく
寒天の製造を主とし、あんみつの材料の製造・販売・おろしの専門店。

 

もちろん一般のお客さんも買うことができますし
オンライショップもありますよ。

 

 

150622kuzumiti

 

 

 

寒天

商品としては、メインのあんみつの他にところてん、
水ようかん、豆かん、そして今日の写真のくず餅。
もちろん、あんみつや今日のくず餅に必要なものも扱っています。

 

あんみつに入っているピンク色や薄緑色、あるいは白の求肥、
茹でた赤エンドウ豆、白蜜に黒蜜、きな粉にこし餡、
小倉あんというように。

 

今日御紹介のくず餅ですが、気温の高くなる時期は
お休みするということですので、残念ながら
7月中旬から9月中頃までは買うことができません。

 

今年は7月11日(土)までの販売でしたので
あと2カ月ほど経ったら、また会えますね。
本物のくず餅を、是非お試しくださいませ。

 

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