衣類に血液がついている人を見たら、あなたは?

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ツイッター見かけた素敵はお話

数日前にツイッターで、こんなに素敵なお話が
呟かれていましたので、皆さんにも是非お伝え
したいと思いました。
それがこちらのツイートです。

 

「あいこむ♡飲食店オーナー 2019年10月18日

クラスで初潮の出血に気付かずかに服を
汚してしまった女の子、息子が見つけて
自分の上着脱いで隠してあげたそう。
気付いたのが息子だけやったんで
そっと先生に報告して女の子は
恥ずかしい思いをせずにすんだそう。
生理の時も包み隠さずに状況を伝えて
きてたし、息子はすぐに生理って
わかったって。

息子は生理痛のことも知ってるから、
その子がお礼言ってきた時に
『体調大丈夫?無理すんなよ。』って
声掛けれたらしい。
生理って恥ずかしいかもしれんけど、
親がきちんと教えてあげてたら性教育
で習わなくても男の子も生理について
学べるんやで。
子を持つ母親は、毎月のチャンスを
逃さないで欲しい」

 

 

 

 

 

上記のツイートへの返信の数々

「愛華レイラ 2019年10月18日

息子くん偉いですね!
いっぱい息子くんを褒めてください。
なかなかできることではありません。
性教育の大切さを示す貴重な実例ですね」

 

 

「りん 2019年10月18日

F F外から失礼します!
私も息子たちに正しく理解させようと
小学生の頃から教えてきました。
なので同じ部活動の女の子からは
生理でしんどいって息子だけには
打ち明けられるって言われたと…
元夫が生理中の私を冷やかしたのが
きっかけでした!
ステキ」

 

 

 

 

「千寿 2019年10月18日

ほんとそれですよね!
わざわざ、かしこまって教えなくても
『生理やしだるいわ~』とか会話で
出ていれば、男の子でも当たり前の
感覚って持てるんですよね。
願わくば、長ーい未来の世の中で、
生理が恥ずかしいっていう感覚も
男女関係なく、無くなってくれたら
いいですね~」

 

 

「なお@戦略的パートタイマー 2019年10月18日

FF外から失礼します。
息子さん超絶男前ですね!!!
うちの息子幼稚園年長で、どうやって
伝えようかと最近考えてましたが、
包み隠さず教えようと思えました
体調気遣える男に育ってほしい」

 

 

 

 

「papipu 2019年10月18日

素敵😭💖
1歳児の娘が私が出血すると、ナプキンを
棚から出して袋を開封して渡してくれる
のですが、それってどうなのって悩んで
ました。
連れション(一緒にトイレ)するのを
辞めないとなって思ってました。
あとから気持ち悪いと不快な思い出に
したらダメだなって思ってたので
また考えさせられました!」

 

 

「めっくお家で稼ぐママ 2019年10月18日

泣きそうになってしまうくらい…
当たり前にできるって素敵です……」

 

 

 

 

「息子が可愛すぎて仕方ない 2019年10月18日

イケメン過ぎる‥!!
素晴らしい育て方をしてくださり
ありがとうございます♡
私はクラスの男子にからかわれて
少しトラウマがあるので、息子さんの
ような男性が当たり前になることを
祈ります」

 

 

この方々の返信に、私も全く同意見です。
なんてに素敵な男の子と、
素晴らしいお母さんなのでしょう。

 

 

 

 

 

今、思い出したこと

これを読んだ時には忘れていたのですが
今、ブログを書いていて20代の時に、これと
は真逆の体験をしたことを思い出しました。

 

その日、私は作ったお菓子を両手で抱えて
タクシーに乗ると、反対側のシートがごく少量
の血液で汚れているのが見えました。

 

白いレースの上を、少々厚手の透明ビニール
を覆ったシートは、布だったら吸い込まれ
ているであろう血液が、ビニールの上で
弾かれたように乗っています。

 

 

 

 

前に乗った人が怪我でもしていたのでしょうか。

 

私は両手で持ったお菓子に気を取られて
いたこともあり、そのわずかな血液が服に
ついたことに気がつきませんでした。

 

目的地に着いて1〜2時間が過ぎた頃、
私の母親に近い年齢の女性が、私を見て
「洋服が汚れている」と言ったのです。

 

 

 

 

 

「男性には見せられない」

そして、その部屋に唯一いた男性の名前を出して
「これは、〇〇さんには見せらなれない」と
少々、意味ありげな口調で付け加えました。

 

洋服が汚れていると教えてくれ女性は
当時、50代だったと思います。

 

「男性には見せられない服の汚れ」という言葉
を使ったことにより、それが生理の血液だとの
イメージを周りの人に与えることになりました。

 

 

 

 

 

「TVのCMでやるのは、ちょっとね……」

またこんなこともありました。
一緒に市民活動をしている、少し年上
の女性と、数年前に話した時のこと。

 

彼女は、生理用のナプキンをTVのCMでするのは
「ちょっとね」と顔をしかめて言ったのです。

 

「どうして? 陰々滅々恥ずべき穢れ、
という扱いよりずっといいじゃない」
と少々驚いた私は彼女に言いましたが。

 

風邪薬のCMはOKで、生理用ナプキンはNG、
なんて変ですし普通に流れるのは、ある意味
「いい世の中になった」ということですよね。

 

 

 

 

 

私の中にもあったよ

とずっと思ってきたのですが、実は今日の
ツイッターでの話をこのブログに書くこと
を、一瞬ためらった私がいたのも事実でした。

 

この一瞬のためらいが、実は生理用ナプキン
のCMをTVでするのはどうも……、と思う
彼女と地続きであり、場所が少しだけ
離れいるに過ぎないと気づいたのです。

 

であればこそなお、この素敵な男の子の
話をブログで紹介しようと強く思い
これを書くことにしました。

 

 

 

 

 

「性教育」と構えるのではなく

以前、スウェーデン(だったと思いますが)の
性教育の本で、性教育は早ければ早いほどいい
と書いてあり、私はいくら何でも
それはないでしょう?、と思いました。

 

ところが何年も経つうちに納得したのです。
例えば、今日のツイートに対しての返信の
中の「papipu」さんの、

 

「1歳児の娘が私が出血すると、ナプキンを
棚から出して袋を開封して渡してくれる」
というお話。

 

 

 

 

これはもう、性教育だ何だという以前に
必要なものを用意してくれる、優しさに
溢れるお手伝いです。

 

もしかしたら大人たちは、性教育に対して
少々構えすぎているのかもしれませんね。

 

今年の6月28日のツイッターに「モーマ」さん
という方が、こんなことを書いていらした
ことを記憶しています。

 

「ビックリしたんだけど、小さいうちから
性教育をしておけば『性教育=特別なもの』
じゃなくなるんだよね。
日常生活の中で性のことを当たり前に話せる
環境って大事。
『性の絵本』のおかげで、我が家の性教育
は好スタートを切ったと私は思ってます。
たきれいさん、素敵な絵本をありがとう
ございます」

 

 

 

 

 

本当に、本当に嫌な記憶

今は違うと思いますが、私が小学生の大昔、
男の子は外で遊ぶ時間にし、女の子だけが
薄暗い部屋でスライド(か何か)を見せられ
て生理について教えられて記憶があります。

 

あれは本当に嫌でした。
先生方の口調も、男子には悟られないように
という雰囲気も、それら全てが恥ずかしいこと
であり、隠さなければいけないことのようで。

 

現在は全く違っていることを願うばかり
ですが、なぜあんな風だったんでしょうね?
別に全然、恥ずかしいことではなく
むしろ、生理がない方が心配なのに。

 

 

 

 

ところで現時点での素朴な疑問ですが、洋服に
血液がついていた場合、ケガの血より生理の血
の方が恥ずかしいと思うのはなぜでしょう?

 

素晴らしい教育をしたお母さんのツイート
のおかげで、私の中にも潜んでいたヘンテコ
な歪みに気づくことができました。

 

本当にありがとうございました!
それにしても本当に紳士ですね、彼は……。

 

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「イスラム教の信仰を捨てたために家族に殺される」とツイートした女性    「BBC」と「TBS」

「あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

2019年1月12日(土)BBC News JAPAN

「家族の元に戻ったら殺されてしまう」

ツイッターでは数日前から、サウジアラビア人
女性のツイートが話題になっています。

 

その女性とは、ラハフ・ムハンマド
・アルクヌンさん18歳。

 

彼女はクウェートに住む家族の元から脱出して
タイにやってきて、バンコク空港のホテルの
一室からツイートを発していました。

 

「家族の元に戻されたら殺されてしまう。
私はタイに逃げてきました。
サウジ大使館が帰国させようとしているの
今、本当に危険な状態です」

 

 

 

 

 

フォロワーは4日で、24人から9万人へ

このツイートをしたのは、アカウントを
開いた1月5日のこと。
その日、フォロワーは24人でした。

 

しかし、「#SaveRahaf(ラハフを救え)」
のハッシュタグのついたツイートは、瞬く間に
多くの人の間を飛び交うことになります。

 

5日の24人の翌日は、すでに17000人に増え、
7日は57000人、8日には90000人にまで増え、
彼女が亡命を希望していたオーストラリアでも
トレンド入りを果たします。

 

 

ラハフ・ムハンマド・アルクヌン(18)さん
(写真/「 BBC  JAPAN」)

 

 

オーストラリアへ難民申請

タイとサウジアラビア両国の当局者が
彼女の難民申請を協議しました。
サウジ総領事はこのように言ったということです。

 

「タイ当局は、旅券ではなく
電話を取り上げるべきだった」と。

 

ツイッターでの多くの声に押されるように、
国連難民高等弁務官事務所が、オーストラリア
への難民申請の仲介をすることになります。

 

 

 

 

 

「あなたの翼を折らせないで」

この短期間での展開に一役も二役も
かったツイッター。

 

ラハフ・ムハンマド・アルクヌンさんは
「ツイッターのおかげで全てが変わった」
と言い、こう続けました。

 

「あなたの翼を、誰かにおられてはダメ!
(Don’t  let  anyone  break  your  wings,
you’re  free,  fight  and  your RIGHTS!)」

 

 

 

 

むか〜し、「翼をください」という曲がありました。
その歌詞も切ないほどに美しいものでしたが
今回のラハフ・ムハンマド・アルクヌンさんは、

 

「あなたの翼を、誰かに折られてはダメ」
と言います。

 

あなたもあなたのお友達も、そのお友達の
あまり好きではない人も含めて、全ての人の翼を
誰かに折らせてはいけない、のですね。

 

 

 

 

翼を折らせないための彼女の必死の願いは、
ツイッターの、そして多くの人の力を得て叶いました。
新しい年にふさわしい素敵なお話ですね。

 

 

 

 

追記

2019年1月13日(日) TB系S(JNN)

上記のBBCの記事の後に、新しい情報が
入りましたので、付け加えたいと思います。

 

前の情報では、国連難民高等弁務官事務所が
オーストラリアへの難民申請の仲介をする
ということでしたが、カナダ政府が、彼女を難民
として受け入れることを決めたということです。

 

ラハフ・ムハンマド・クヌンさんは、12日
トロント空港に着き、カナダのフリーランド外相
から、花束を受け取ったとあります。

 

 

 

 

(名前の表記も「ラハフ・ムハンマド・アルクヌン」
から「ラハフ・ムハンマド・クヌン」になっています)

 

フリーランド外相は、

 

「新しくカナダ人になる勇敢なクヌンさんを
新しい生活の地に迎えられて嬉しく思います。
彼女は私にカナダの寒さについて話しましたが、
これから暖かくなると伝えました」

 

と述べ、クヌンさんが疲れているため今はコメント
できないが、のちに改めてする旨を説明。

 

 

 

 

TBS系( JNN)のこの記事の、最終更新(1月13日
・日 18:43)では、次のような文でしめています。

 

「サウジアラビアでは、旅行するのに父や兄、夫と
いった男性親族の許可が必要とされるなど女性の
権利に対する制限は厳しく、クヌンさんの決断は
SNSを通じて国際的に注目されていました」

 

BBCの記事にあった「イスラム教」「家族に殺される」
という文字は消えて「家族の虐待などから逃れるため」
という表現になり、最後の文章で、「女性の権利に
対する制限」の厳しさと説明しています。

 

 

 

ツイッター上では今年の5日から、私たちの目に見える
ようになったこの問題ですが、ラハフ・ムハンマド・
クヌンさんにとっては数年前か、あるいは物心ついて
以来の問題なのかもしれません。

 

しばらくは安全な場所でゆっくりと羽を休めて
その後、彼女の望む人生に向かって、思い切り
羽ばたけますようにと願わずにはいられません。

 

 

 

再び追記

2019年1月14日(月)BBC News   JAPAN

    15日(火)   〃

昨日、一昨日の記事に追記をしたばかりですが
今日もまた、新しい情報がありましたので
付け加えておきたいと思います。

 

最初の記事は12日(土)、「BBC 」、
昨日(13日・日)の追加記事は、「TBS」、
そして14日・15日(月・火)は、再び「BBC」。

 

 

 

 

 

より詳細になったBBC報道

今日の BBCの記事は、最初の報道よりかなり長い
もので、14日のタイトルは
「SNSで助け求めたサウジ少女、難民認定先の
カナダに到着」

 

なお名前の記載の仕方ですがBBCは、一昨日と同じく
「ラハフ・ムハンマド・アルクヌン」です。
TBSでは「ラハフ・ムハンマド・クヌン」。

 

昨日のTBSでは、全く触れられていない
「イスラム教を捨てた」ことに関しては、14日、
15日のBBCは、より詳しく説明がされています。

 

名前についてですが、彼女の名前は
「ラルフ・ムハンマド・アル=クヌン」ですが、
家族に勘当されたため「アル=クヌン」の使用をやめ
今は「ラルフ・ムハンマド」を名乗っているそうです。

 

 

 

 

 

イスラム教を捨てるのは死刑に処せられる罪

ラハフさんは、イスラム教を捨てたと話していますが
これはサウジアラビアでは死刑に罰せられる罪に
あたるということです。

 

続いてラハフさんは、「自分の国では盤踞も就職も
できない。だから自由になってやりたいように
勉強と仕事がしたい」とも話しています。

 

AFPの取材によりますと、ラハフさんは髪を
切ったことにより6ヶ月間も自室に閉じ込められ
家族から心身に虐待を受けたそうです。

 

彼女の家族の代理人によれば、
家族はコメントするつもりはなく、ただラハフさん
の安全を気にしていると述べたそうです。

 

 

 

 

 

サウジアラビアの女性は……

「大事な事柄を自分で決められない
父親や兄弟、夫や息子など男性保護者の許可が必要だ」

 

「就職:政府機関・企業は男性保護者の同意を求める」

「教育:女性の入学には男性保護者の許可が必要」

「結婚:女性は男性保護者の許可がないと結婚できない」

「旅行:
 旅券や身分証の入手には男性保護者の同意が必要」

「刑務所:
 男性保護者が出迎えなければ女性は釈放されない」

 

というBBCのビデオが添えられていました。

 

特に最後の刑務所から保釈されない、というのが
なんとも……、まあ、該当する人は少ないでしょうが
何ともいえない理不尽さが胸をつきました。

 

 

 

赤坂のカナダ大使館

 

 

「カナダは、常に世界中の人権と女性の権利の

ために立ち上がることを明白にしてきた」

また、昨日の築城でご紹介したカナダのクリスティア
・フリーランド外相の言葉に加えて、ジャスティン
・トルドー首相の言葉も紹介されています。

 

「カナダは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)
の要請を受けて難民として認定した」とし、

 

「カナダは、常に世界中の人権と女性の権利の
ために立ち上がることを明白にしてきた」
とも述べています。

 

 

 

 

国連難民高等弁務官事務所は、ラハフさんを
合法的な難民だと認識しており、カナダが
難民認定を下したことを歓迎するとしています。

 

フィリッポ・グランディ難民高等弁務官は、
『国際難民法と、何よりも重要な人権の勝利だ」
と語りました。

 

実はカナダは以前にも、サウジアラビアに女性の
権利活動家を解放するよう求めたことがあります。

 

その時、怒ったサウジアラビアは、駐サウジ・
カナダ大使を強制送還した上、新規貿易案件を
全面的に凍結するという報復措置をとりました。

 

 

前カナダ・ペン会長
キャサリン・ゴヴィエの「北斎と応為」

 

 

 

バンコクにいた理由

15日の記事では、最初にこのことを知った時に
なぜラハフさんはバンコクにいたのか?
という疑問についても説明されていました。

 

ラハフさんは本来、家族と共にクウェートへ行く予定
でしたが、バンコク行きの便に逃げ込みます。

 

しかし、バンコクで飛行機を降りたところでサウジの
外交官にパスポートを没取され立ち往生してしまいます。

 

ただし、バンコクのサウジ領事館は、ラハフさん
の拘束に関わったことを否定しています。

 

 

 

 

タイ当局は当初、ラハフさんの件を「家族の問題」と
しており、翌日にもラハフさんをクウェートへ
強制送還する予定だったといいます。

 

確かに、13日のTBSの報道ですと
まさに彼女の「家族の問題」と読めますね。

 

そこで彼女は、ツイッターで助けを求めました。
その後、タイはラハフさんの滞在を認め、国連が
彼女の難民申請を検討することになったのです。

 

 

カナダ大使館で飾られていたお花

 

 

ラハフさんは、カナダ紙、トロント・スターに対して
「失うものは何もなかった」と話しています。

 

「私たちはもの扱いされている、奴隷のように」、
「私の話と、サウジの女性がどういう目に逢うか、
大勢に話したかった」

 

「こういう展開になる確率は1%だと思っていた」
また、「カナダにいて、とても安心している。
カナダは人権を尊重する国なので」とも語りました。

 

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ジャズピアニスト・作曲家 佐山雅弘さん 

あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木へようこそ!

 

 

 

信じたくないニュース

11月15日の深夜、ツイッターでフォローをしている
「sanpoudo」さんのつぶやきが目に入りました。

 

「うそやん」という一言の下には、

 

「朝日新聞東京編集局(コブク郎)@asahi_tokyo
11月14日  ピアニスト・作曲家の #佐山雅弘 さん死去
ジャズを主軸に幅広いジャンルで活躍」の文字が……。

 

 

 

 

佐山雅弘さんは、私にとって大学の先輩という
以外には、「袖振り合うも多生(他生)の縁」
というほどの儚い御縁しかなかった方です。

 

佐山さんがお亡くなりになった11月14日以前
と、それ以降で、私の暮らしに特別の変化が
生じることは考えられません。

 

15日の深夜に、ニュースを知った驚きは、時間と
ともに、静かに消えてゆくものと思っていました。

 

 

 

 

ところが、そうではありませんでした。
むしろ時間の経過とともに悲しみが増し
ショックは後悔へと形を変えています。

 

その理由はわかりません。
佐山さんに出会った頃の10代の私も、一緒に消えて
しまうように感じる寂しさからなのか、あるいは現在
私自身も病を得ている心細さによるものなのか……。

 

佐山雅弘さんのオフィシャルサイトには
佐山さんからのメッセージが記されていました。

 

 

佐山雅弘(写真/「Masahiro Sayama」)

 

 

「みなさま

佐山雅弘より
このお手紙がお手元に届く時、僕はこの世に
おりませんが、長きに亘ってのお付き合いに
お礼を言いたくて家人に託しました。

 

加山雄三とタイガースが大好きな中学生。
高度成長期大阪の衛星都市尼崎に親父が構えた
小〜さな小売商を継ぐことに何の疑念も持たない
ごく普通(以下)の子供がジャズとの出会いで、
楽しさこの上ない人生を送ってしまいました。

 

まことに人生は出会いであります。

 

『君の身体は君の食べたモノで出来ている』
と言いますが、まったく同様に僕という者は
僕が出会った人々で出来ているのだと
しみじみ実感したことです。

 

その出会いを皆様にあらためて感謝しつつ、
今後益々の良き日日を祈りながらお別れをします。

 

ありがとう、さようなら

        2018年11月14日 佐山雅弘」

 

 

 

 

(以下の内容は、佐山さんのオフィシャル
サイト「Masahiro Sayama」の「日記」を
参照させていただきました。)

 

 

胃からタプタプと音が……

佐山さんが体の異変に気づいたのは
2014年8月下旬、旅先でのことでした。

 

歩いている時に「何やらタプタプ音がする」
胃に水が溜まっているような音がします。

 

お気に入りの店の食事も、妙にご飯がお腹に
入らない感じがし、ライブの差し入れも、
お寿司屋さんでも味がよくわかりません。

 

東京に戻ってからは、吐くばかりの日々。
ジュースと栄養剤で仕事を続けるも
1日1キログラム弱ずつ、体重は減り続けました。

 

 

 

 

9月10日過ぎに、地元の内科へ行くと
「逆流性食道炎でしょう」と渡されたお薬を
10日飲んでも一向に良くならないので、再診。

 

「では、あと10日分のお薬を。
なんなら胃カメラしますか?
今、予約すると11月初旬には……」

 

という医師の申し出を断り、佐山さんは
知り合いの医師に相談することにしました。

 

 

 

 

 

ガンの兆候は全くなし!?

「プライベートな付き合いを大事にしたいので
本業についてのコネクションは使わない主義」の
佐山さんでしたが結局、友人の医師の病院に入院します。

 

10月9日に入院して、「苦しい!話が違う!」
と言いつつ初めて飲んだ胃カメラの結果は、

 

「胃の出口がねじれてふさがっている。
ガン細胞は見当たらない」というもの。

 

この間、1か月の無理がたたり腎臓の数値は悪く
なっていたものの、CTスキャン・MRT、血液検査、
全身の血管に薬品を流して移転箇所をあぶり出す
PETでも、ガンの兆候は全くなしということでした。

 

 

 

 

 

転院後の検査結果「珍しい症状」

そして次に、友人の医師が「日本一」だと推奨する
優秀な後輩医師の病院に転院して検査をすると、

 

「開腹してみないと判じかねる珍しい症状」
だということでした。
佐山さんはすぐに手術を依頼します。

 

しかし体が衰弱していたため、まずは栄養補給
をして、手術は2週間後の11月4日になりました。

 

 

 

 

 

スキルス性胃ガン・第2ステージ

その結果は、スキルス性胃癌・第2ステージで
胃の下部2/3を摘出、発生場所は幽門付近。

 

胃の内面でも外面でもなく、胃自体の「素材」
の内部で進行する厄介な癌でした。

 

胃がふさがって衰弱したために、早期発見できた
ということで、「何が幸いするかわからない」
と佐山さんは記しています。

 

 

 

 

 

退院、仕事も再開

11月18日には退院し、30日には退院後の初仕事。
12月の終わりには、ピアノの弾き心地も戻って
きましたが、抗がん剤治療(錠剤)は続きます。

 

仕事の現場には、ソファと枕、毛布が用意され
ピアノを弾く時間以外は横になり、演奏30分前には
アミノ酸を注入し、1時間のステージを務めました。

 

とはいえ、50分過ぎたあたりからはエネルギー残量
ランプが点滅しだし、ステージ終了後は頭は興奮
しているものの、首から下ぐったりとした状態。

 

面会も断ってもらい15分間横になった後、若手に
荷物を持って貰ってやっと退館という具合で
当然ながら、遠出は無理になりました。

 

 

 

 

 

転移、播種、腸閉塞 → 人工肛門

幸いなことに1年後(2016年)の検診は無事
でしたが、2017年に胃がんから大腸への転移、
小腸への播種が発見されます。

 

この「播種(はしゅ)」という言葉は、タネまき
のことを指し、腫瘍細胞がタネをパラパラとまいた
ような状態になることを意味するそうです。
ガン細胞が小腸に散らばっていたということ。

 

2年半後の定期検診後に、腸閉塞の手術をして
大腸をバイパスして人工肛門にします。

 

医師から人工肛門を告げられた時、佐山さんは
「ちょっと考える時間をもらえますか?」
と聞きますが、医師の答えは非情にも
「緊急事態です。ノーチョイスです」でした。

 

播種は取りきれないために、抗がん剤治療でしたが
抗がん剤との相性問題で、佐山さんは2度ほど
七転八倒をし、ジタバタと入退院を繰り返します。

 

 

 

 

 

2018年 新年

病院や在宅を合わせ1ダースほどという医師の
中のお一人が、佐山さんの余命について
「新年が迎えられるかどうか微妙ですね」
とおっしゃったとそうです。

 

「腹膜播種というのは発見されてしばらくすると
お陀仏になるはずなのだが、まぁラッキー」
と書く佐山さんは「比較的安定状態」で
新年を迎えることができました。

 

この間、佐山さんは、地方を含む演奏会、
複数の大学での講義、ミュージカルの作曲等々、
とても病人とは思えない仕事量をこなしています。

 

 

 

 

 

「あなたは今、危篤状態です」

2月になり、一日置きに高熱が出る状態で
仕事は続けていましたが、白血球が異常に増え、
骨髄への転移が危ぶまれたため、再び入院。

 

意識朦朧の状態で担ぎ込まれ、気づいた時は治療室。
10人ほどの医師や看護婦が針を刺したり、チューブ
を入れたりしているのを見て佐山さんは言います。

 

「おおごとですねぇ」
「血圧が60を下回っていて、あなたは今、危篤状態です」

 

 

 

 

 

黴菌に感染し、血管から全身に回る

そう言われたものの、熱のためか苦しくはなかった
という佐山さん、「こうやってデクレッシェンドで
死んでいくならラクでいいわい」

 

と半ば他人事のような感想でもありますが、このよう
な経験は、この時を含めて5回ほどあったそうです。

 

熱の原因は、栄養剤と水分を常時点滴する
ために設置していた胸のポートからの感染で
黴菌が血管に入り、全身に回ったためであり
幸い骨髄転移ではありませんでした。

 

 

 

 

 

最後の入院

それから数ヶ月後の今年の8月、血液検査
の結果が思わしくないため検査入院。

 

仕上げ間近のミュージカルに心を残しながらも、入院で
生まれた時間を弦楽四重奏、サックス四重奏、3台の
ピアノの作曲等々に手を染めながらこう記しています。

 

「ジャズピアノ6連弾ではアレンジの担当をなくして
もらっていたのだが(前田憲男、佐藤允彦、塩谷哲……
十分でしょ!)(中略)お鉢が回ってきてしまった。
30段ほどあるオーケストラスコアのなかの使いたい部分
をまずマルッと写譜して(相当な手間だが写譜は一番の
学習になる)ジャズにする部分を組み込んでゆく。演者
の顔を浮かべながらニヤニヤと書き進めるので楽しい

 

 

 

 

 

「楽しさ満載」

さぞや面倒だと思われる30段ものオーケストラスコア
(総譜)の写譜を「一番の学習になる」といい、
去年の入院は受信期間、今回は発信期間と捉え、

 

「(ブログで書く予定だったものが)実際の仕事に
関することで楽しさ満載になってしまっていて、これ
が当分続きそうなので」中断します、という佐山さん。

 

壮絶な病との闘いなどという形容がつきそうな病状に
ありながら、学び、作り出し「楽しさ満載」と表現して
いるのは、生への凄まじいまでの執着ではありません。

 

前向きでなければならぬ、という過度な自制でも
なく、自然にこのように振る舞える人がいるとしたら
その人はそれだけで天才、と私には思えます。

 

 

 

 

 

「キツくて楽しいツアー」

最初に御紹介した佐山さんのメッセージにもある
ように、彼はゆくゆくは家業を継ぐつもりでした。

 

「ミュージシャン、それもジャズミュージシャン
なんて食えるわけがないのだから、やがて家業を
つぐまで楽しむだけ楽しもう、くらいに考えていた」

 

ステージで、何度も何度もソロが回ってくるので
後で聞いてみると「いくらでも弾くから面白くて
どこまでやるんだろう、と試していた」
といわれるほどの溢れる才能をもち、

 

 

 

 

全国ツアーでは、ドラムセットからベース・ギター、
アンプ類、シンセサイザーキット一式を、わずか5分、
10分の電車の乗換え時に、メンバー全員でバケツリレー
のごとくホームの階段を上下して運んだりもして。

 

そんな佐山さんに「ある種の目覚めと覚醒」が
訪れたは、2000年に亡くなったベーシストの
川端民生さんの言葉がきっかけでした。

 

「キツくて楽しいツアー」中のある夜、川端さんは
リズムのとりかたについて佐山さんに話始めます。

 

 

 

 

「目覚めと覚醒」

「『裏拍の一拍を打つにも音の出る場所・のびてる
長さと質・切るタイミング、と3回リズムを
出しているのだよ。意識しているかい?』

 

『いや、考えたこともなかったです。
けど、あのスピードの中でそんなことまで
意識は出来ないでしょう』

 

『いや、そこをきっちりしないとビートは
出ないし、全体のグルーブも安定しないんだよ。
君のプレイにはその緻密さと言うか、
意識そのものが欠けているので不安定なんだ』

 

『そうですか、でも・・・一拍に三回のリズムの点を
意識する、というのは机上の理想論な気がします。』

 

『では明日は弾くのをサボッて良いから
僕の音符をじっくり聴いていなさい』

 

 

 

 

(中略)

「そして川端さんの一音符一音符を
聴いていると脂汗が出て来た。
一つの音符を弾き始めるときの緊張感と決断。
のばしている時の集中力。
音切りのタイミングを絶妙に
探り当てる周囲への気遣い。
踵を付けて直立する演奏姿勢。
うつむいた額から汗が一筋二筋ツツーと落ちる。
格好良い……けど近寄りがたく巨大に見える。
一小節に三つも四つも出す音符の
一つ一つに三つのタイミング。
そのすべてに集中すること。
出来るのだ、と思うと音楽を
することが恐ろしくなった。」

 

この後、「友が皆 我より偉く 見ゆる」
状態になってしまったという佐山さん、その時28歳。

 

 

 

 

 

「家業は継ぎません」

「こりゃ一生かけての探しものだな」
「一生音楽をしよう。プロになろう」と決意した佐山
さんは、ツアーの終わり近くに父親に電話をします。

 

「『約束を違えるけれど、一生音楽をしないと
* 済まなくなってしまった。家は継ぎません」

 

* 分かったとも好きにしろとも言わず
『やっぱり東京の大学にやるんじゃなかった』。
* 実感だったろう』」

 

 

 

 

 

ささやかなプレゼント

その東京の大学で、正確には大学に入学前の受験
準備講習会で、私は佐山さんより学年が下でしたが
2週間ほど、同じクラスで学んだことがありました。

 

担任は、作曲科の面白い女性で、そのクラス
だけはクリスマスパーティをしたりして。

 

パーティといっても、ただ歌ったり(お勉強
としての歌ではなく楽しみの)、極々ささやかな
プレゼント交換をしただけですが、その時の私の
プレゼントが渡った相手が佐山さんだったのです。

 

 

 

 

数年前のこと、佐山さんは、彼がピアノを習う
きっかけとなった、小学校の同級生の女の子・
こんにゃく屋のタカ子ちゃんと再会します。

 

その時、タカ子ちゃんが言ったという言葉、
「佐山君、ピアノ上手になったね」
に、私は思わず笑わずにはいられませんでした。

 

すごいです!、佐山さんにピアノが上手になったと
言うことができるのは、幼馴染ならではですね。
私が出会った高校生の「佐山君」は既に凄かったもの。

 

 

 

 

でも「佐山君」はいつ「佐山雅弘」になったのでしょう?
小学校1年の2学期からピアノを始め、中学
入学後、まもなくやめてしまったといいます。

 

その中学生の時に、おじさんに連れられていった
ジャズのコンサートが、佐山さんとジャズとの出会い。
そして18歳の時は、既にああだった(!)わけですから。

 

佐山さんが想像を絶するほどの練習はしていない、とは
思いませんが、やっぱり天才だったんじゃないかなぁ。
エジソンさんには叱られてしまいそうですが。

 

 

 

 

 

音も言葉もきらめいて
        〜「日記」から〜

佐山さんのオフィシャルサイトのブログには
素敵な言葉がたくさん散りばめられていますが
ジャズについてはこんなことも書いています。

 

「同じフレーズを弾いて同じ情感を出すのは
ものすごく技術とマインドの必用なことで、
それが出来ているポップスの人々や、それが絶対条件
になっているクラシックの人々は偉いなぁとは思う。
片やジャズの素晴らしさはアドリブ。
雷が最短距離を貫くように。
雨水が図ったように高低差をたどるように。
瞬時のフレージングがその場に最も適した
イントロや間奏を生む。
そこに賭けている圧というかなんだか
わからない或るモノがなんだか素晴らしくて
なんだかジャズなんだなぁ。

 

『なんだか』という表現がやたら多くなったが、
この『なんだか』という感想は大事だと思う。

 

詐欺に遭う時、心のどこかで『なんだかなぁ』と
思っているのに、理屈でなるほどと思ってしまう。
『直感は過(あやま)たない。過つのは判断である』
という名言もある。
五味康祐の麻雀に関する言葉だけれど。」
               (2015年1月8日)

 

 

 

 

「村上春樹訳『バットビューティフル』を読んでる途中。
知っているエピソード、知らなかった挿話を織り込んで
短編連作になっている実に面白い本だが、そこにも
バド(バドパウエル)のことがあった。
創造に至るやむにやまれぬ悲惨さは知っていてもいい
けれども、そういった様々があるからこそ結果としての
作品や演奏は明るかったりユーモラスだったりする。
そこの所を素直に受け止めたい。
ジャズがジャズとして確立されている現代に、ジャズに
関わろうとするとそのあたりの立ち位置になるのかな
               (2012年1月1日)

 

 

 

 

「安易な同族意識や素朴さを超えたナショナリズム
は戒むべき、それ以上に
唾棄すべきものだが、同族間
に相似の
『心の奥の共感』が、異民族間で起こるなら
ば、差別
・区別意識の無意味さに気づくよすがになる
だろう。

子供ができる可能性があるオスとメスは同じ種である。
人類と名の付く我々はすべて同種生物なんである」
               (2015年1月5日)

 

 

 

 

「War is over.If you want it. War is over now.
          (ジョン・レノン)
過ぎたニュースは今日のニュースにはならない。
けれども、毎日、福島では大量の放射能が漏れ続け、
毎日、辺野古では暴力が行使され、日ごとに、
安保関連の事業が着々と進んでいます。
具体的に運動はせずとも
関心と情報は持っていたいものです。
知る事が身を守る第一歩」
              (2015年11月27日)

 

 

 

 

「どんどんキナ臭くなる今とこれから。
どのような変化が現れるか、現れないか。
実はこっそり注視しているのだ。
『かくされた悪を注意深くこばむこと』
谷川俊太郎『生きる』の中の一行」なども。
           (2015年3月12日)

 

「これが今生の別れなら思い出す
顔は笑顔がいい」(金哲義)
            (2015年4月3日)

 

 

 

『月の砂漠』2017年3月11日up(「 Masahiro Sayama」より)

 

 

 

「影のない男」?

こちらは日記ではなく、佐山さんの動画での言葉。
演奏の合間の曲名紹介なのですが、ベースの藤原清登
さん作曲の「Rain」の演奏後にこんなことを言います。

 

「僕が申し訳ないなと思うのは、そこそこ譜面も強いし、
いろんな音楽の解釈もいいんだけど、明るいんだよね。
根が明るいからピアノもパンッと明るいんだよ。
根が明るく軽いから、こういう重厚な
感じになかなかなれない。
昔ソロでまわった時に撮ってくれたDVDを見て、
なんか変だなと思って(中略)一緒にまわっていた
ルースって女の子がやはり渋い歌歌うんですけど、
ツアーの3日目に
『わかった、佐山さん明るいんだよ』って。
『えっ、影がない、影ない?、死んでる?』って。
そんなことに気づいた30代の時でした。

次は、そんな影のない男が作った曲
『すれ違いのロンド』です」

 

 

 

 

と落語好きということが、そこはかとなく
感じられる口調で話す佐山さん。

 

佐山さん、違いますよ、違います!
影がないのではありません。

 

佐山さんの明るさはモーツアルトと一緒。
喜びも絶望も、光も影も、あらゆるもの全てを
その透明な悲しいまでの明るさの中に秘めている。

 

 

 

 

そして最後に、もう一つだけ。

 

プラトンの『ソクラテスの弁明』発
佐山さん経由、の言葉です。

 

「間もなく訪れる死の後に何をしてほしいか、
という問いに
『私の為の何事かではなく、君自身のことをしてくれ。
それが結局は、わたしのためになることなのだ』」
              (2016年4月25日)

 

 

佐山雅弘(写真/「Masahiro Sayama」)

 

 

 

大きすぎるプレゼント

佐山さんと私が10代だった頃の講習会の
中村佐和子先生は、国立音楽大学を定年退職されて
現在は、他の大学で教鞭をとっていらっしゃいます。

 

先生はまだ御活躍なのに、佐山さん、早すぎるよ。
そういえば、あの年の入試の課題曲の一つは
中村先生の『光の中に』という曲でしたね。

 

一足先に光の中に旅立ってしまった佐山雅弘さん。
私はもう少しだけ、ここにとどまるつもりです。
あなたにいただいた大きすぎるプレゼントは
まだリボンをほどいたばかりです。

 

 

 

「約束はしていないけれど」

 

次の春の、最初のお天気の良い日に

私は天に嫁ぎます。

喜んで送ってくださいね。

 

天に嫁ぐって、どういう意味?

なんて聞かないで。

私も、おととい告げられたばかりなの。

この世では嫁がなかった私ですので

そんな世迷いごとも許していただけたらと。

 

こんなに遅くなってしまい、待ちくたびれた

うさぎのあぷりは、怒っているでしょうか?

入院中に私が面会に行くと、拗ねて

後ろを向いてしまった、あの時のように。

 

約束はしていないけど、佐山さんにも会いたいなぁ。

『すれ違いのロンド』というおしゃれな曲の次に

『始まらなかかった恋のサラバンド』も作ってもらって。

そして「ピアノが弾きづらい!」

と叱られながらも、佐山さんの背にもたれつつ

彼のピアノをいつまでも聴いていたい。

いつまでも……

 

 

佐山雅弘さんの御冥福をお祈りいたします 

 

 

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