「上屋敷」「中屋敷」「下屋敷」「抱屋敷」「蔵屋敷」

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大名の江戸藩邸

今日は江戸切絵図に、マークのように記された
「上屋敷」「中屋敷」「下屋敷」についてのお話を少々。

 

各大名がこのようなお屋敷を江戸に置くようになったのは
徳川3代将軍・家光によって参勤交代が制度化されてからのことです。

 

それらのお屋敷は幕府から命を受ける、いわば事務所のような役目も
もち、また人質として大名の妻子を住まわせるための家でもありました。

 

大きい藩になりますと、上屋敷、中屋敷、下屋敷以外にも別邸を
もっていたり、抱屋敷(かかえやしき)、蔵屋敷(くらやしき)
などが、それぞれの必要に応じて用意されたようです。

 

 

140609akasakasacas         赤坂サカス「広島藩浅野家中屋敷」

 

 

 

上屋敷(かみやしき)
江戸切絵図では「家紋」+「大名の名」で表示

江戸切絵図で「家紋  + 大名の名」が書いてあるものは、その大名家の
「上屋敷」ということで、家紋の上がその屋敷の表門の位置になります。

 

本宅にあたる一番重要なお屋敷で、藩主が江戸滞在中に正妻などと
暮らす場所であり、公式な行事をする場所でもありました。

 

敷地は各大名の地位、譜代、外様の別、石高などを考慮して
場所や大きさが決められたものを、各大名が幕府から拝領しました。

 

江戸城に登城する際に便利なように、上屋敷は比較的
江戸城に近い場所にあることが特徴です。

 

御三家をはじめ大きな藩ですと、一つのお屋敷だけでは事足りず
中屋敷、下屋敷等が作られるようになっていきます。

 

 

12 10 5 roppongihiruzu mouri        六本木ヒルズ「長府藩毛利家上屋敷」

 

 

 

「長府藩毛利家上屋敷」—— 六本木ヒルズ

上の写真は六本木ヒルズ( 〒106-6108 港区六本木6丁目11-1)の
毛利庭園ですが、こちらは長府藩毛利家の上屋敷でした。
TV朝日の報道ステーションの天気予報でもお馴染みですね。

 

近くの東京ミッドタウンも毛利家のお屋敷でしたが
あちらは長州藩の毛利家で、こちらはその支藩になります。

 

長州藩毛利家上屋敷の侍屋敷では、明治時代の陸軍大将となった
乃木希典が、乃木稀次の三男として1849(嘉永12)年に生まれています。

 

 

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またこれは仙台藩の『江戸御屋敷定』に記されていることですので他の
藩もそうかはわかりませんが、上屋敷の大手門近くの長屋に住む藩士は、
小唄、三味線、謡、鼓、太鼓、笛などの演奏を禁じられていたそうです。
                   (「江戸に仙台を見る」)

 

一方、他の長屋では謡、鼓、太鼓、笛は許されていたということです
ので、やはり上屋敷は公的な要素が大きいための制約なのでしょうか。

 

それにしても「小唄、三味線」は禁じられて、「謡、鼓、太鼓、笛」
は可ということは、歌舞伎はだめで、能楽はOKということ。

 

そういえば昔、お能の先生に
「江戸時代は謡を習うことは共通語を知ることでもあった」
という冗談が本当かわからないことを聞いたこともありましたが。

 

 

121220ki        六本木ヒルズ「長府藩毛利家上屋敷」

 

 

 

中屋敷(なかやしき)
江戸切絵図では「  ■   」+「大名の名  」で表示

中屋敷は嫡子や隠居、側室などが住む家です。
大藩の大名は中屋敷をもっていましたが、中屋敷をもたずに
上屋敷と下屋敷のみを江戸藩邸としていた大名も数多くいます。

 

ここで「江戸藩邸」と書きましたが
藩邸という言葉は当時使わなかったようです。

 

◯◯藩として幕府から拝領するのではなく、あくまでもその時点で
◯◯藩主である、△△家に対して与えられるものだからです。

 

ですから△△家が、◯◯藩から××藩へと転封(領地替え)を
した場合でも、江戸屋敷をかわることはありませんでした。

 

 

140401miharutakisakura         赤坂サカス「広島藩浅野家中屋敷」

 

 

 

「広島藩浅野家中屋敷」—— 赤坂サカス

広島藩浅野家(松平安芸守)の上屋敷は、霞ヶ関の国土交通省庁舎
のあるあたりにありましたが、中屋敷は2つありました。

 

国会議事堂がある場所と赤坂サカス( 〒107-0052 港区赤坂5丁目3-6)。
下屋敷は表参道ヒルズのあたりです。

 

前回、松平姓を賜った外様大名の中に、広島藩浅野家の名前が
ありましたが、中屋敷を2つもつ大藩であったことがわかります。

 

 

141126akasakasacaskouyou        赤坂サカス「広島藩浅野家の中屋敷」

 

 

 

下屋敷(しもやしき)
江戸切絵図では「  ●  」+「 大名の名」で表示

下屋敷は、別荘や別邸ともいうべきお屋敷で
立派な庭園が造られたり、側室の住まいにもなったようです。

 

江戸は火事が多かったので、その際の避難所としても使われました。
また不運にも上屋敷が焼失したような場合は、一時的に中屋敷、
あるいは下屋敷が上屋敷の代わりの役目も果たしました。

 

前にお話ししたように明暦の大火(振袖火事)では多くの屋敷が
焼失しましたが、それを機に他の場所に移った大名家もあります。

 

浅野内匠頭の赤穂浅野家は、最初は外桜田門に上屋敷が
ありましたが、明暦の大火後は鉄砲洲に土地を賜っています。

 

 

130426hujisiro       東京ミッドタウン「長州藩毛利家下屋敷」

 

 

 

「長州藩毛利家下屋敷」——東京ミッドタウン

先ほどの六本木ヒルズの長府藩毛利家の本家にあたるのが
東京ミッドタウン(〒107-0052 港区赤坂9丁目7−1)に
下屋敷を構えていた長州藩毛利家です。

 

長州藩毛利家の上屋敷は、日比谷御門外にあり、
中屋敷は最初は青山にあったものが外桜田へと移りました。

 

下屋敷はこの東京ミッドタウン以外に渋谷にも
ありましたので、下屋敷は2つあったことになります。

 

 

130317mouri       東京ミッドタウン「長州藩毛利家下屋敷」

 

 

東京ミッドタウンの下屋敷は「麻布屋敷」とも、檜の木が多かったこと
から「檜屋敷」ともいわれ、2000人もの人が暮らしていたといいます

 

江戸の屋敷は参勤交代があるため出入りも多く、正確な人数は
わからなかったようですが、それだけではなく江戸藩邸内というのは
幕府の統治外であったため、正確な数が出なかったともいわれます。

 

万一、藩邸内に犯罪者が逃げ込んだとしても
幕府は捜査をすることはできなかったということです。

 

 

151212nanbuzakaue          赤坂6丁目にある「南部坂」

 

 

 

土地の交換「相対替え」

これらの屋敷は、幕府の命令によって変えられることもありました。
また幕府の許可を得た上であれば、大名同士で屋敷を
交換する(相対替え)ことも可能でした。

 

有栖川公園の時に書きましたが、赤坂6丁目にあった赤穂浅野家下屋敷と
有栖川公園にあった盛岡藩南部家下屋敷は、相対替えをしています。

 

その両方に場所付近には「南部坂」という名前の
坂があり現在でも残っています。

 

 

160602arisugawakoenhanashobu   赤穂浅野家→盛岡藩南部家の屋敷になった「有栖川公園」

 

 

 

「抱屋敷(かかえやしき)」

今まで見てきた土地は、すべて幕府から拝領した「拝領屋敷」
でしたが、それとは別に大名が必要に応じて土地を購入し
屋敷をつくったものを「抱屋敷(かかえやしき)」といいました。

 

購入資金はもちろんのことですが、土地にかかる年貢なども大名の
負担となり、下屋敷やその他の用途に使われたということです。

 

抱屋敷を下屋敷と呼んでいる家もあるようですので、下屋敷と
いっても、拝領屋敷と抱屋敷の両方があるということですね。

 

 

       麻布にある「南部坂」 左は有栖川公園

 

 

 

「蔵屋敷(くらやしき)」

その他には、江戸よりも大坂に多かったというのが、年貢米や
領内の特産物をしまっておく倉庫のような役目をした蔵屋敷。
荷を船で運搬するために、江戸湾や隅田川沿岸部に建てられました。

 

豊臣秀吉の時代からあったという蔵屋敷は、有力な商人たちがいた
大坂・堺にありましたが、江戸幕府の成立により政治は江戸に移っても
商業は依然として大坂が中心であり、蔵屋敷は増える一方だったとか。

 

儒教思想の影響からか商売を厭う大名は、自分の蔵屋敷を表向き
「有力商人のものを借り受けている」と装っていたといいます。

 

 

hyugazakasendaizaka     (・・・)で囲ったところが「仙台藩伊達家下屋敷」

 

 

大坂では多い時には600を数えたという蔵屋敷ですが、それを所有
していると公言したのは、安濃津藩(あのつはん、三重県津市)と
前回登場した伊代松山藩(桜井松平家)の2つだけだったそうです。

 

南麻布に下屋敷のあった仙台藩伊達家の蔵屋敷は
大坂と深川(江東区清澄1丁目)にありました。

 

仙台から送られてきた米等を貯蔵し、また江戸で暮らす
仙台藩士の食用のためのお米もここで保存されていたそうです。

 

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「ムーミン幼稚園」(赤坂)と   「ムーミンの映画」(六本木ヒルズ)

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The-Scandinavian-Center

 

 

 

「ムーミン幼稚園」

かわいいムーミンの絵が壁に描いてあるこの場所は
赤坂2丁目にできた「ムーミン幼稚園」、
「ムーミン インターナショナル キンダーガーデン」です。

 

 

 

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都内初のフィンランド式幼児教育カリキュラムを導入した
「ムーミン幼稚園」が、スカンジナビアセンター
(港区赤坂2-18-12)の中にできました。

 

日本独自の豊かな文化を大切にしながらも、子どもを画一的に
取り扱わないというフィンランドの手法を取り入れ
グローバルな人間に育つことを目指しているそうです。

 

 

 

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「小さな大人」

1歳6カ月から6歳までの、様々な国の子どもが通う
「ムーミン幼稚園」は今月から本格的にスタートをしました。

 

御覧のようにテーブルも椅子も北欧の素敵なデザインですね。
また食器も、ムーミンがついた陶器製のもので
プラスティックは使用しないとか。

 

「子どもを一人の人間、小さな大人として扱うことが大事」と
オーナーのバーバラ・ザモーラ・ヴァータヤさんはおっしゃいます。

 

 

 

moomins        「劇場版 ムーミン南の島で楽しいバカンス」(「映画.com」)

 

 

 

 

六本木ヒルズではムーミンの映画が上演

一方、「ムーミン幼稚園」から歩いて行ける六本木ヒルズでも
ムーミンの映画が上映され、その記念展も開かれるそうです。

 

2015年の幕開け「あぷりのお茶会」界隈は
ちょっとしたムーミン旋風(?)ですね。

 

「劇場版 ムーミン南の海で楽しいバカンス」は、原作者の
トーベ・ヤンソン生誕100周年を記念してフィンランドで製作された
長編アニメーションで、TOHOシネマズ六本木ヒルズで2月13日公開。

 

 

 

「 アニメ公開記念展」も開催

また「劇場版ムーミン南の海で楽しいバカンス」公開記念として
「Roppongi Hills meets Moomin」も六本木ヒルズで開催されます。
こちらは1月30日から3月15日まで。

 

こちらには映画製作に関する未公開素材の展示のほか
六本木ヒルズ限定の記念グッズの販売や、映画をイメージしたカフェが
オープンされるなど、ムーミンファンなら見逃せないものばかり。

 

 

 

moomin300x225         フィンランドのムーミンワールド

 

 

 

 

世界中で愛されているムーミン

さきほども触れたように2014年は、作者のトーベ・ヤンソンの
生誕100周年でしたが、それにあわせてサイト(「all Things MOONIN」)
もリニューアルされました。

 

トーベ・ヤンソンは1914年8月9日に、彫刻家の第一子として生まれ
1945年には、ムーミンの第一作「小さなトロールと大きな洪水」を発表。

 

 

 

moomin_book_the_great_flood-en-ee2edaf0482ba64c4a28b7ff1422f714-281x400   「小さなトロールと大きな洪水」(「all Things MOONIN」)

 

 

 

魅力的なムーミンは、様々な国でお人形劇やアニメ化をされ
日本でも1969年からアニメーションが放映されました。

 

ただ私は、日本のアニメのムーミンは、トーベ・ヤンソンのムーミンと
ちょっとイメージが違うような気がしないでもないのですが。

 

 

 

北欧ずき 

2001年、6月27日にトーベ・ヤンソンは86歳でお亡くなりになって
いますが、ムーミン人気は世界中で衰えることはないようですね。

 

私も小学生の時はトーベ・ヤンソンの「楽しいムーミン一家」と
アストリッド・リンドグレーンの「長くつ下のピッピ」が大好きでした。

 

3年以上前にこのブログにも書きましたが(「『北欧』という言葉を
知らなかった頃から」)、なぜか、二つとも北欧の作品。
私の北欧好きは、子どもの頃から始まっていたようです。

 

 

p01001f-270x200埼玉県飯能市の阿須(あず)にある
「あけぼの子どもの森公園」は
ムーミン童話をモチーフにした公園

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六本木ヒルズのスーパー「Food Magazine」→「リンコス」 

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リンコスはマルエツ系列のお店

「リンコス」六本木ヒルズ店で買った
ミニクロワッサンです。

 

今回のお買い物時に初めて知ったのですが
「リンコス」というのは「マルエツ」と
同じ系列のお店だそうですね。

 

赤坂駅前のには「マルエツプチ」赤坂店がありますので
違う系列のお店の方が嬉しいことは嬉しいのですが。
扱っている品物が違うと思いますので。

 

 

 

リンコスとは「Linkage Commutative Store」

六本木ヒルズのスーパーマーケットは
以前は「Food Magazine」というお店でした。

 

2011年の12月に現在の「リンコス」に変わりました。

 

「リンコス(LINCOS)」というお店の名前は
Linkage Commutative Store」の頭文字だそう。

 

「地域の方々やお客様と従業員が店舗を通じて
双方向の高品質な情報やサービスの提供を行い
コミュニケーションの輪でつながり、お客様の、
よりよい食生活実現のための、お手伝いをしていこう」

 

という意味だそうです。

 

 

 

リンコスの前の「Food Magazine」

この六本木ヒルズに以前あったお店
「Food Magazine」は、出来た当初はちょっと
高級スーパーという位置づけだったそうです。

 

それがだんだんそうではなくなってきたて
しまったとのこと。

 

そしてその後に出来た現在の「リンコス」六本木店は
「マルエツ」の、少々高級版ということだそうですが
私はまだそのあたりは実感していません。

 

私は前の「Food Magazine」が
結構好きでしたので、なくなってしまってかなり残念。

 

お値段も高級スーパーというほど敷居が
高くなかったような気もしましたし。

 

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マルエツが作っているクロワッサン

以前、「リンコス」六本木ヒルズ店では
蒜山ジャージランドのパンを買ったことがありました。

 

今日のミニクロワッサンも、その近くにあったもので
蒜山ジャージランドの製品かと思いましたら違ったよう。

 

株式会社マルエツが作っているクロワッサンでした。
「マルエツ」ってパンも作っているのですね。

 

「マルエツプチ」赤坂店には、マルエツが作っている
パンは見たことがないような気もしますが。

 

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