ミツバチダンス ミツバチの言葉(The Language of Bee)

「あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

曇りの日でも太陽の位置がわかる

ミツバチは、花からミツを採取して巣へ運ぶという作業を
一日に何度も繰り返していますが、花を見つけるために
むやみやたらに飛んでいるわけではありません。

 

ミツバチ同士で、花のある場所を教えあっているようです。
伝達にはダンスを使っていますが、これは花の位置を伝えるのみ
ならず、新しく巣を作る候補地を知らせる時にも使われている方法。

 

巣に新たに女王バチが誕生すると、今までの女王バチは半数ほどの
ミツバチを連れて巣を出ますが、これを「分峰」といいます。

 

「分峰」をしたミツバチの群れが、一時的に木の枝などに
丸く固まって「蜂球」といわれる状態になっている時に
新しい巣を作る場所を偵察に行っているミツバチがいます。

 

目星をつけて戻って来た偵察バチが、候補地の場所を
仲間に伝える時も、やはりこのダンスを使うということです。

 

 

    「分峰」をし、一時的に木の枝にいる蜂の群れ「蜂球」

 

 

 

太陽が目印 それでは曇りの日は?

ダンスをすることで「場所」を伝えるといっても、グーグルマップなど
持っていないミツバチに教えるには、基本になる目印が必要です。
日中に世界のどこでも必ず存在するもの、それは太陽。

 

となりますと、太陽の出ていない曇りの日は目標が見えず、ミツバチは
迷ってしまうのかといえばさにあらず、曇りの日でも紫外線は出ています
ので、紫外線をキャッチできるミツバチには全く問題はありません。

 

空の一角を見るだけで、ミツバチには太陽の位置がちゃんとわかります。
これは「偏光解析能力」と呼ばれるものですが、昆虫や甲殻類などが
もつ、小さな個眼が多く集まって出来ている複眼の効果でもあります。

 

 

蝶々も複眼をもっています
これはガラスの羽を持つ蝶々といわれる「ツマジロスカシマダラ」

 

 

 

赤い色は見えない?

紫外線を見ることのできるミツバチには
黄、青緑、青、紫外が区別されることが証明されています。

 

ということは赤い色は見えないということですね、
赤い色の花は多いように思うので、ちょっと意外な感じもします。
ミツバチは白や青、紫色の花を見つけるのが得意だそうです。

 

ミツバチは匂いを、触覚に広く分布する感覚子(かんかくし)
と呼ばれる、体の表面などにある小さな器官で識別しています。
匂いによって、花の種類さえ他のミツバチに伝えることも可能だとか。

 

また味覚に関しては、口と足の跗節(ふせつ)という
先端の節や、その他の触覚にも味覚の受容体があります。

 

 

    これはショウガの花ですが、ミツバチには見えるかな?

 

 

 

ミツバチのダンス「言葉」

ミツバチには何色が見えているか?、という研究をしたのは
カール・フォン・フリッシュ(Karl von Frisch、1886〜1982)
という、オーストリアの動物行動学者です。

 

彼は40余年にもわたる長い間、冒頭のミツバチの「言葉」と
いわれる、ミツバチダンスの解明に取り組んだ学者でもあります。
その研究により、1973年にはノーベル賞を受賞。

 

置いてある濃厚な砂糖溶液にミツバチが来た後に、同じ巣の多くの
ミツバチが訪れるのを見たカール・フォン・フリッシュは、ミツバチ
たちがその情報を伝える手段を持っているに違いないと確信します。

 

そこで彼は、特殊な細工をして、ガラス板越しに
巣の中が見えるミツバチの巣箱を作って設置。

 

すると彼の予想に違わず、豊富な花蜜がある場所から巣に戻った
ミツバチは、巣板の上で興奮気味にダンスをしていたのです。
観察するうちにミツバチのダンスには、2種類あることがわかりました。

 

 

             「円形ダンス」

 

 

 

1 「円形ダンス(円舞)」(Rundtanz)

一つ目のダンスはミツバチが、ただグルグルと回るだけ
の「円形ダンス(円舞)」といわれるものです。
「巣の近くに蜜がいっぱいの花があるので、集めに行こう」という意味。
これは100メートル以内という、近い距離のみを伝えるダンスです。

 

 

 

2 「8の字ダンス」(Schwanzeltanz)

こちらは、目的の花が100メートル以上、離れている場所にある場合。
「8の字ダンス」の「8」は、「蜂」ではなく数字の「8」の字
を描くように、ミツバチがダンスをすることによる命名です。

 

 

 

             「8の字」ダンス

 

 

「尻振りダンス」ともいわれ、規則正しく「8」の字を描きますが
その中央の直線部分に来ると、特に腹部を激しく振動させます。

 

ミツバチは15秒間に、何回「8」の字を描くかという実験を
カール・フォン・フリッシュはしていますが、その結果は以下の通り。

 

 

   巣から花までの距離    ミツバチが15秒間に踊る回数
  ____________________________
     100メートル          9〜10回
      1000メートル          4〜5回
      6000メートル            2回

 

 

というように、巣からの距離が近いとダンスの速度は速く、
離れれば離れるほど、速度はゆっくりになることがわかりました。

 

次の表は「8の字ダンス」の速度と、花までの距離を表したもの。
ミツバチほど賢くない私には正直なところ、もうついていけないという
感じもしますが、15秒の間に何回踊るかをグラフにしているそうです。

 

 

            グラフ(「B*topia」

 

 

15秒間に5回踊ったとすると
「巣から750メートル離れた所に花がある」という意味だとか。

 

「8の字ダンス」を動画で見ると、ミツバチが実際に
どのようにダンスをしているかがわかり、とても面白いです。
「あぷりのお茶会」史上(!)初めての動画をつけてみました。

 

54秒ほどの、短い「8の字ダンスの動画」で、ドイツ語ですが
映像を見るだけでわかっちゃいますので、解説は必要ないかと。
動画を見ますと、「8の字ダンス」の中央の直線部分は、

 

「__  」という感じではなく、「〜〜〜」と
ジグザクとかなり激しく動いているのがわかります。
だから「運動」ではなく、「ダンス」なのですね。

 

 

 

 

 

「8の字ダンス」は方向も示す

ダンスの速度が、巣から花までの距離を表している
ということも驚きますが、次はもっと驚いちゃいますよ。
「8の字ダンス」は距離だけではなく、方向も示しているのです。

 

「8の字ダンス」の中央の直線は、花がある方向を示しています。
ミツバチが巣板の上で横向きになって(下のように)ダンスをしていた
場合、ダンスの中央の直線は左を差していますので、そちらが花の方向。

 

 

                太陽

 *                  ↑
              90度     |
                     |
 花  ←_____

 

 

その時に、垂直の上の方が太陽のある方向で、
花(左)と太陽(上)の作る角度(この場合は90度)を示しています。

 

「巣から出て太陽のある方向から、左に90度の所に花がある」
と教えているのです。

 

いくら何でも、これは凄すぎませんか?
私は言葉を失うほどの驚きを覚えました。
ホント、ミツバチってすごい。

 

このダンスの規則を覚えれば、人間が見てもその意図するところを
理解することができ、花のありかがわかるといいます。

 

この実験に付随して、カール・フォン・フリッシュの弟子である
リンダウエル(Lindauer)は「オオミツバチ」「コミツバチ」
「トウヨウミツバチ」のダンスを研究し、ミツバチの
種によってダンスが少しずつ異なっていることを発見しました。

 

また、「トウヨウミツバチ」や「セイヨウミツバチ」の場合は
ダンスを暗い巣の中で行なっていることから、現在では、仲間への
情報の伝達に際して、音も関与していることがわかっているそうです。
         (参照/「SCIENTIFIC AMERICAN」、酒井哲夫)

 

 

 

 

 

決定方法や、合図の出し方は?

このミツバチのダンスは、花の蜜のある場所を教えるだけではなく
「分峰」をした後、新しい巣を作る候補地を教える方法でもありました。

 

偵察をしてきた複数のミツバチが、それぞれにダンスをして伝えます。
新しい巣の場所を決定するのに、数時間から数日かかることもある
といいますが、それはどのように決められるのでしょうか?

 

また「分峰」の合図は働きバチが出すそうですが(女王バチは巣別れ
フェロモンを放出するそう)、「コロニーの中でどのような位置にある
働きバチ」が「いつ」「どんな方法」でこの合図を出すのか等々。

 

これらの研究をしている方がいらっしゃるのかどうか
わかりませんけれど、ミツバチってもうホント面白すぎて
次々と興味が湧いてきてしまいますね。

 

スポンサードリンク




ミッフィ(うさこちゃん)の作者 ディック・ブルーナ

「あぷりのお茶会赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

ディック・ブルーナは亡くなってしまったけど

三日前のツイッターのタイムラインを見ている時のこと、
棺に入って眠るミッフィーちゃんの絵が目に飛び込んできました。
嫌な予感がします。

 

発信していたのはオランダ在住の「Janko Bosch」さん。
絵には次の言葉が添えられていました。

 

「Dick Bruna overleden maar nijntje will live forever!
(ディック ・ ブルーナが亡くなってしまいましたが
ミッフィーは永遠に生き続けます!)」

 

やはり不安は的中してしまいました。
ミッフィー(うさこちゃん)の作者であるオランダのグラフィック
デザイナー、絵本作家のディック・ブルーナが、2017年2月16日に
オランダ、ユトレヒトで老衰のために89歳で亡くなったそうです。

 

 

     オランダのユトレヒトの信号は「ミッフィーちゃん」

 

 

 

世界中で愛されたうさぎ

ミッフィーのお父さんであるディック・ブルーナ(Dick  Bruna)は
オランダのユトレヒトで生まれ、89年後に同じ街で亡くなりました。
そんなミッフィーちゃんの街の信号は、こんなに可愛い信号です。

 

上の写真は青(緑)信号のミッフィーちゃんですが、もちろん赤信号も。
こちらの写真もツイッター「ひるひ」さんという方からのものです。
ミッフィーちゃんの信号のある、こんな素敵な街で暮らしたいですね。

 

ユトレヒト市で生まれたディック・ブルーナは、60年にわたる
長い制作活動の間に「ミッフィー」シリーズを
はじめとして、120作を越える絵本を刊行しています。

 

 

 

 

ディック・ブルーナの絵本は、世界50カ国以上で
翻訳され、8500万部以上のロングセラーと
文字通り世界中で愛された絵本作者でした。

 

日本では、1964年『ちいさなうさこちゃん』という題の絵本が
出版されて以来、5000万部以上の絵本が刊行されて
「子どもが初めて出会う絵本作家」として親しまれてきました。

 

我が子だけではなく、全ての子どもを愛し、そして
世界中の子どもたちに愛されたディック・ブルーナ。
その絵の原点には、強い平和への願いがありました。

 

 

 

 

 

冬に湖を泳いで逃げる人

1927年にユトレヒトで生まれたディック・ブルーナは、幼い頃から
画集に触れて、油絵を描いている子どもでしたが、十代の半ばの
多感な時期に、第二次世界大戦を経験することになってしまいます。

 

祖国であるオランダは、ナチス・ドイツに侵攻されました。
戦時下にあったある日のこと、冬の寒さの中
冷たい湖を泳いで逃げるユダヤ人の姿を目撃します。

 

彼は憤りと悲しみを覚えたといいます。
「(この体験が)ぼくの人生を決定づけたのかもしれません」
とディック・ブルーナは後に語っています。

 

 

 

 

 

父の猛反対の中、画家を志す

1945年、第二次世界大戦終結後、高校を退学して
イギリスとフランスの出版社の研修に出かけます。
出版社を経営する父親の跡を継ぐため、との名目のもとで。

 

しかし、実際は美術館や画廊をまわり、パブロ・ピカソや
アンリ・マティスの自由な作風に影響を受けて
自らもスケッチに励む日々だったのです。

 

1947年にはオランダに戻り、アーティストになることを
父親に認めてもらい、アムステルダム国立美術アカデミーに
入学しましたが、自らの求めているものとの違いから退学。

 

1951年、イレーネとの結婚を機に、父親の経営する出版社
「A.W.ブルーナ&ゾーン」に専属デザイナーとして就職した彼は、これ
以降、2000冊を越えるブックカバーのデザインを手がけることなります。

 

 

 

 

 

1955年、ミッフィーちゃん誕生

1953年、彼の最初の作品である絵本
「de appel(りんごぼうや)」を発表。

 

1955年には、ミッフィーシリーズの最初の1冊が誕生しました。
これはイレーネ夫人との間に恵まれた3人の子の、最初の子に
してあげたうさぎのお話がもとになっているそうです。

 

日本では「ミッフィー」や「うさこちゃん」と呼ばれているうさぎの
オランダ名は「ナインチェ(nijntje)」で、これが本の題名。
ミッフィーは、オランダでは「ナインチェ・プラウス」という名前です。

 

その年に、「nijntje(ちいさなうさこちゃん)」と
「nijntje in de dierentuin(うさこちゃんとどうぶつえん)」を発表。
その時の「うさこちゃん(ナインチェ)」はこんな子です。
今とかなり違っていますが、この子も素朴て可愛いですね。。

 

 

          最初の子うさぎ「ナインチェ」

 

 

「ミッフィー(うさこちゃん)」のオランダ名は「ナインチェ」でしたが
実は、ディック・ブルーナという名前も、ブルーナという姓以外は違う
そうで、本名は「ヘンドリック・マフダレヌス・ブルーナ」。

 

「ディック」というのは「太っちょ」という意味の愛称だそうですが
ブルーナさん、ちっとも太っていないのに面白いですね。
それとも子どもの頃は、ちょっと太っていたのかな?

 

 

 

「ブラック・ベア」シリーズ

彼の父の会社であったA.W.ブルーナ&ゾーン社は、老舗の中堅出版社
でしたが、第二次世界大戦後は、電車に乗る時にポケットに入る
サイズの、ペーパーバックの探偵小説の出版で成功します。

 

それまでの書籍の概念を覆す、ディック・ブルーナの描くシンプルで
斬新な装丁は人気を博し、年間150冊もの装丁をこなしました。
英作家イアン・フレミングの「007」シリーズの装丁も彼の作品だそう。

 

同社のキャラクターだった熊に彼が手を加えた「ZWARTE BEERTJES」
(ブラック・ベア)」は、読書週間用のポスターとして登場し、
1955年には、A.W.ブルーナ&ゾーン社のペーパーバック
「ブラック・ベア」シリーズが生まれました。

 

 

      ディック・ブルーナの装丁(写真/「assist on」

 

 

 

小さな四角形の絵本

1959年には、彼の最初の絵本だった「りんごぼうや」(1953年)の
改訂版が出ることになりましたが、この時に私たちにおなじみの
あの小ぶりの正方形の絵本スタイルが生まれます。

 

その理由は、この大きさが「子どもの手に取って楽しく
両手におさまるサイズだから」というものですが
まさに納得です、本当に子どものための絵本ですね。

 

また彼の絵本は、全て12場面の構成になっています。
これも幼児が集中できる時間が10分ということから
その時間内に読み切れるページ数ということだそう。

 

1971年に、グラフィックデザイナーのピーター・ブラッティンガと
ともに、ディック・ブルーナの著作物を管理するメルシス社を設立。
1975年にA.W.ブルーナ&ゾーン社を退職するまでの20年間、
彼は「ブラック・ベア」シリーズの装丁を続けました。

 

 

 

たった一人でミッフィーちゃんを描き続ける

出版社を辞めて独立した後も、ディック・ブルーナはアシスタントを
雇わずに、構想から仕上げまで、たった一人で仕事場で描き続けます。

 

ミッフィーちゃんの絵をよく見ると、黒の輪郭線がちょっと
デコボコしていますが、その理由を彼はこう答えています。

 

 

輪郭がちょっとデコボコしているミッフィーちゃん
(写真/「ディック・ブルーナ みみよりフログ」

 

 

「私の線は、いつも少し震えています。
まるで心臓の鼓動のようでしょう?
震える線は私の個性なのです」と。

 

 

 

2015年 ミッフィー誕生60周年

それからもディック・ブルーナの活躍は目覚ましく
数々の賞を獲得してゆきました。

 

1983年「オレンジナッソー勲章」
1990年「くまのぽりす」でオランダ書籍宣伝協会から「金の絵筆賞」
1993年 オランダのベオトリクス女王からナイト(騎士)の称号を受ける
1996年「うさこちゃんのてんと」でオランダ書籍宣伝協会から
「銀の絵筆賞」受賞等、書ききれませんのでこのくらいにしましょう。

 

2006年には、ディック・ブルーナの作品を専門に展示する美術館
「ディック・ブルーナ・ハウス」(現在は
「ミッフィー・ミュージアム」)もオープンし、

 

2007年には、次世代に英知をもたらす「Wisdom」 Projectで
「世界の70人」に選ばれています。

 

また2013年には、初めての映画「劇場版ミッフィー どうぶつえんで
宝さがし」が公開され、2015年には、ミッフィー誕生60周年を
記念する展覧会が世界各地で開催されました。

 

 

 

 

 

2011年 涙を流すミッフィーちゃん

そして私たち日本人には決して忘れることのできないことがあります。
2011年の東日本大震災の時に、ディック・ブルーナが
描き起こしてくれたミッフィーちゃんです。

 

当時、唯一このアートの使用を許可されていた会社に所属していた
グラフィックデザイナーのいちかわ照葉さんは、このアートに
添えられていたディック・ブルーナの言葉を記してくれています。

 

「このアートのライセンス料(使用料)は一切いただきません。
これを自由に使って、日本の復興に役立ててください。」
                   (「日々色々」

 

私は当時、そのようなディック・ブルーナの言葉は
全く知りませんでしたが、涙を流しているミッフィーちゃんを
見て、私も涙が溢れたことを思い出します。

 

 

 

 

 

正面を向くミッフィーちゃん

そういえばミッフィーちゃんって、いつも正面を向いていますね。
これは読者といつも対話していたいという思いから、登場人物は全て
正面を向き、読者と目を合わせるように設定されているためだそう。

 

「飢餓、貧困、病気から子どもたちを守ろうと訴える
ポスターも描き、東日本大震災では涙を流す
うさこちゃんのイラストで日本の子どもたちを励ました。
生涯にかいた絵本の、どの主人公も
まっすぐに読み手である子どもたちを見つめている。
子どもたちを怖がらせるストーリーは一昨もない」(森本俊司)

 

 

 

 

また、ミッフィーちゃんの絵に多い余白について
ディック・ブルーナはこう説明しています。
「多くの余白を子どもたちの想像力のために残しておいた」と。

 

ミッフィーちゃんの絵の余白を読み取った後に、自分の心の余白に
描き込む作業は、私たちに残された仕事なのかもしれませんね。
ディック・ブルーナさん、ありがとうございました!   (・×・)

 

スポンサードリンク




薯蕷饅頭 「薯蕷」か「上用」か? 「じょうよ」か「じょうよう」か?  

「あぷりのお茶会赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

「薯蕷饅頭」の名前の由来

「塩瀬」の「一口薯蕷饅頭」です。
原材料名の表記が見つからないのですが、サイトの「製造工程」には
国内産のやまといも、上新粉、砂糖、小豆などと書いてあります。

 

実は驚いたのは「薯蕷饅頭」の読み方なのですが、私は今までずっと
「じょうまんじゅう」だと思っていたのですが、今回調べていて
「じょうようまんじゅう」という言い方もあることを知りました。

 

「じょうよまんじゅう」の名前については、次のような説明があります。

 

A 「『薯蕷饅頭』を当て字である『上用饅頭』と書くこともあり、現在
 では『上用饅頭』と書くことの方が多いかもしれません」という説。

 

B 「この和菓子は、薯蕷饅頭と難しい漢字ですが上用饅頭と書き
 直すことで名前の由来がわかります。
 大昔、和菓子は一般庶民にはとても口にすることが出来ないくらい
 高価なものでした。
 貴族など位が上の者しか食べることが出来なかったのです。
 そのため上に用いる饅頭ということで上用饅頭とつけられたる
 歴史がある上品な和菓子の代表です。」   (「くり屋南陽軒」

 

C 「山芋(ヤマノイモ)を「しょよ」といい、
 これが転じて「じょうよ」となった。
 すりおろした山芋を用いてつくる料理に薯蕷の名をつける。」
                        (「手前板前」

 

 

(B)の、上つ方が用いるという意味の「上用」だった場合の読み方は
「じょうよ」ではなく「じょうよう」という方が妥当でしょうか。

 

 

        ヤマノイモの花(写真/「きーさんち」)

 

 

 

「薯蕷」とはヤマノイモのこと

「薯蕷(じょうよ)饅頭」の特徴といえば皮に「薯蕷」が
入ってあるお饅頭で、「薯蕷」とは山芋のこと。
ヤマノイモ科ヤマノイモ属のつる性多年草の根の部分を指しています。

 

古くは「薯蕷」と書いて「ヤマノイモ」と読んだそうです。
日本原産で、学名は「Dioscorea japonica」。
すりおろしたものを「トロロ」といい、粘りが高いお芋ですね。

 

トロロが口の周りなどにつくと、痒くてかぶれてしまう
こともありますが、ってこれは私のこと。
「自然生(ジネンジョウ)」、「自然薯(ジネンジョ)」ともいいます。

 

「ジネンジョ」や「ジネンジョウ」という音だけ聞きますと何のことやら
とも思いますが、漢字を見ると「自然に生えてきた」「自然にある薯蕷
(ヤマノイモ)」という意味ですので、漢字の方が理解しやすいかも。

 

なお「薯蕷」に似ているものに「ナガイモ」があり
こちらもヤマノイモ科ヤマノイモ属ではありますが
日本原産ではないという説もあり、染色体の数も異なるそうです。

 

 

     ヤマノイモの花のアップ(写真/「さらさらきらきら」)

 

 

 

皮に「薯蕷」を入れるのが薯蕷饅頭

薯蕷饅頭を作るに際して、京都地方では「つくね芋」、
中部地方では「伊勢芋」、関東では「大和芋」などとと
いうように、それぞれの土地でとれるものが使われています。

 

これらのお芋をすりおろして上新粉、砂糖を
練り合わせた皮であんこを包み、蒸したものが薯蕷饅頭。

 

薯蕷(じょうよ)は蒸すと膨らむ性質を持っていますので
蒸しあがったお饅頭の皮は、ふわふわとした優しさとともに
しっとりとしたキメの細かい上質な食感になるのが特徴です。

 

 

              ヤマトイモ

 

 

 

「山芋(しょよ)」→「じょうよ」

「薯蕷(じょうよ)」については
和食用語集では次のように説明しています。

 

「山芋(ヤマノイモ)を「しょよ」といい、
これが転じて「じょうよ」となった。
すりおろした山芋を用いて作る料理に『薯蕷』の名をつける。

 

料理で最も一般的なのは白身魚の『薯蕷蒸し』であり、
和菓子の『薯蕷饅頭』もよく知られるところ。」(「手前板前」

 

 

 

「白身魚の薯蕷蒸し」

薯蕷(じょうよ)を使った「白身魚の薯蕷蒸し」とは、昆布を敷いた
蒸し鉢に、薄塩を振った白身魚の切り身を乗せて鉢ごと蒸したお料理。
6〜7分火が通った時点でトロロ(卵白を加えても可)をかけ
完全に蒸しあがったところで、銀あんをかけて頂くというものです。

 

 

       金目鯛の薯蕷蒸し(写真/箱根「知客茶家」)

 

 

紅葉の型に抜いたニンジンやギンナン、シメジなどが乗っていて
ちょっとわかりづらいですが、全体に白っぽく見えるのが
すりおろした山芋(薯蕷)です。

 

こちらは卵白はなしのようですが、下に敷いてるある昆布が見えますね。
昆布と薯蕷の間に金目鯛があります。

 

 

 

職人の技の見せどころ

このふわふわを皮に使用しているのが薯蕷饅頭です。
これを作るのは高度な技を必要とするため、薯蕷饅頭
を見るとそのお店の職人の技術がわかるといわれるほど。

 

粘りの強いすりおろした薯蕷と、粉を混ぜ合わせる生地作りは
空気を抱かせるように混ぜて、蒸した時に破れる寸前まで
ふっくらと膨らむように調整するのが難しいそうです

 

その日の薯蕷の状態と、気温や湿度といった
毎回異なる条件の中で、最善の生地を作り出す見極めは
長年の勘と腕がなくては叶わないこと。

 

 

         一口薯蕷饅頭「塩瀬総本家」

 

 

 

「薯蕷饅頭」? 「上用饅頭」?

ところで私は「薯蕷饅頭」の読み方が気になのですが
今まで見てきた限りでは、「薯蕷」は「じょうよう」ではなく
「じょう」と読む方が自然なように思われます。

 

「薯蕷饅頭」を「上用饅頭」とも書くようになったことから
「じょうよう」とも読むようになったのでしょうか?

 

いくつかの和菓子屋さんで、このお饅頭を
どちらの字で表記し、何と呼んでいるか調べてみました。

 

 

 

和菓子屋さんでは?

   所在地・店名          表記       読み方
  ______________________________

(1) 東京都港区赤坂「青野」      上用   (振り仮名なし)

(2)   〃  赤坂「虎屋」      薯蕷      じょうよ

(3) 東京都新宿区「五十鈴(いすゞ)  薯蕷      じょうよ

(4) 埼玉県戸田市「季乃杜 」        薯蕷      じょうよ
      (ときのもり)

(5) 福島県会津若松市「やまでら茶屋」 薯蕷      じょうよ

(6) 静岡県浜松市「梅月」       上用      じょうよう

(7) 岐阜県岐阜市「おきなや総本店」  上用   (振り仮名なし)

(8) 岐阜県中津川市「くり屋南陽軒」  薯蕷      じょうよ

(9) 石川県金沢市「森八」       薯蕷      じょうよ

(10) 京都府京都市「鶴屋吉信」     薯蕷      じょうよ

(11) 京都府京都市「京華堂利保」    薯蕷   (振り仮名なし)
    (きょうかどうとしやす)

(12) 京都府京都市「末富」       薯蕷      じょうよ

(13) 京都府京都市「塩治軒」      薯蕷      じょうよう
     (しおじけん)

(14) 滋賀県近江八幡市「たねや」    薯蕷      じょうよ

(15) 山口県山口市「茶蔵庵」      薯蕷      じょうよ
4      (さくらあん)

(16) 福岡県太宰府市「梅園」      薯蕷      じょうよ

(17) 北九州市小倉北区赤坂海岸     薯蕷      じょうよう
         「湖月堂」

 

    (17)だけ住所が詳しく書いてある理由は、住所に「赤坂」が
    ついていたので「赤坂」で始まり「赤坂」で終わりたいという
    単に私のどうでもいい好みであって、他意はありませんので。

 

 

 

「薯蕷」と「じょうよ」が優勢?

というような感じでした。
わずか20足らずという少ないものですので、これだけでは何とも
いえませんが「薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)」が一番多いですね。

 

(6)の「梅月」と、(7)の「おきなや総本店」は、
「上用」と表記して、読み方は(6)が「じょうよう」で、
(7)は振り仮名の記載がなかったのでわかりません。

 

ただここには載せませんでしたが、「上用」と書いた場合は
「じょうよう」と読ませることが多いようです。

 

ですが(13)の「塩自軒」ように、「薯蕷」と書いても
「じょうよう」と読ませるお店もありますので、これは色々のよう。

 

こうして見てみますと地域性もあまり関係がないようですし
あくまでも、それぞれのお店の好みなのかもしれません。

 

 

こちらも「薯蕷饅頭」だそうです。京都「京華堂利保」
「松茸」(左)と「京鏑」(右)(写真/「婦人画報.com」)

 

 

ただ興味深く思ったのは、「コトバンク」「英語例文Weblio」
「日本の食べ物用語辞典」という辞典系(?)のサイトが
共に「上用饅頭(じょうようまんじゅう)」を使っていたこと。

 

また「漢字書き方・筆順調べ無料辞典」では、筆順を示す漢字として
表示しているのは「薯蕷饅頭」ですが、読み方はひらがな、
かたかな、ローマ字の全てで、「じょうよう」と読んでいます。

 

これからの時代は書くのも読むこともできない「薯蕷」という小難しい字
は使わずこちらで統一していこうではないかということなのでしょうか?
私は「薯蕷饅頭」の字は残って欲しいなぁ、「薯蕷」は書けないけど。

 

本当は塩瀬総本店のことで、もっと書きたいことがあったの
ですが、長くなってしまいましたので次回にします、また見てね。

 

スポンサードリンク