グーグルアドセンスのページビューが、アナリティクスに比べて異常に少ない?

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アクセス数の減少

半月ほど前に、4月以上にわたって毎月、ブログへの
アクセス数が減っていることを書きました。
「ブログのアクセス数が減った理由は?」
「サーチコンソールの数値とアクセス数の減少」

 

調べてみましたら、一定期間を過ぎるとアクセス数の減少は戻った
という人はいるのですが、私のように4か月以上に渡って減り続けて
いるというのは、私の見た限りでは見当たらず不安に思っていました。

 

その時のブログに示したグラフが次のものです。
月単位のグラフで、線で一番高い(多い)ところが2016年12月で、
右端の現在は、ブログを書いていた時の2017年3月。

 

 

   月別アクセス数(2015年4月〜2017年3月)

 

 

 

今度はアドセンスのベージビューが激減

私自身はなすすべもなく何の施策もとってはいないのですが
あの記事を書いた少し後から、アクセス数が持ち直してきました。
4月9日を境に、日毎に戻りつつあるのは嬉しい限りです。

 

ところが、ところがです。
ブログへのアクセス数が戻りつつあるのと時を同じくして
今度は「アドセンス」のページビューが、「アナリティクス」の
ページビューに比べて異常に少なくなってしまったのです。

 

以前、私は無料ブログで書いていましたが、3年前にドメインをとり
サーバーを借りて、ワードプレスに引っ越してきました。
その後に、グーグルアドセンスを始めていたのです。

 

 

今日は内容と写真は関係なく、赤坂サカスの桜をご覧いただきましょう
これは赤坂サカスの入り口に咲いている桜です
写真の右下の隅に地下鉄の赤坂駅の表示ですが、見えるでしょうか?

 

 

 

1パーセント以下の日も

これに関して調べてみると、アナリティクスのベージビュー数に
比べてアドセンスのベージビューが少ないという人もいましたが
それらの人の割合よりも、私の差の方がはるかに多いように思えます。

 

なかには30パーセントほど少ないと書いている人がいましたが
30パーセント少ないということは、70パーセントはあるということ。
私の場合は、日によっては1パーセント以下という低さなのですが。

 

「アナリティクス」のレポートだけではなく
私がワードプレスのダッシュボードに入れている
2種類のプラグインの統計情報と、全て同じ数値を表しています。

 

 


 上の写真の場所から、もう少し右側に移動したところ
建物は赤坂Bizタワーアネックス

 

 

 

「アナリティクス」と「プラグイン」は同一数を表示

「アナリティクス」のベージビュー数と、「アドセンス」のそれは
全く同じでないことは承知していますし、またプラグインで示される
アクセス数が必ずしも正確でないことも考慮に入れてあります。

 

しかし、4月9日以降、示されているアドセンスのページビュー数は
そのような誤差といえる範囲を、はるかに越えているようです。
100分の1以下という数字はあり得ないでしょう。

 

アナリティクスの「レポート」の「リアルタイム」のサマリーには
現在ブログに、世界のどの場所から、何人が、何の機種を使い、どの記事
にアクセスし、どの程度滞在しているかということが表示されます。

 

一方、ワードプレスに入れたプラグインも同様に記載されますので
グーグルアナリティクスと、ワードプレスのプラグインの両方を
試しに同時に見てみることにしました。

 

すると見た限りでは、両者は全く同じ結果を示しています。
つまり双方、かなり正確だといえるしょう。

 

 

上の写真、赤坂 Bizタワーアネックスの
後ろにそびえる赤坂Bizタワー

 

 

 

 

「アドセンス」のみが1/10、1/100

この両者とも、ここ数年はブログへのアクセス数は数百を超えている
と表示されていましたが、4月9日以降は、アドセンスのベージビュー
のみが、2桁だったり1桁だったりという具合。

 

一昨日の4月16日(日)のアクセス数は500  弱でしたが
アドセンスのページビュー数は、たったの 3です。

 

4月15日(土)に、アドセンスの「お問い合わせ」欄から質問をして
みましたが、私の書き方が間違っていたのでしょうか、土日以外は
24時間以内の回答と書いてあるのですが、返事はまだ頂いていません。

 

 

 TBS社屋のてっぺんにあるパラボラアンテナ(パラボラデッキ)
ニックネームは「ビッグハット」

 

 

 

テンプレートの変更

4月9日から、ブログのアクセス数が戻りつつあるのと
時を同じくして、今度はアドセンスのページビュー数が
急激に減った原因は何なのかは全くわかりません。

 

私自身は関係があるとは思えないのですが、唯一、思いつく
ことといえばその辺りで、ブログのテンプレートを変えたこと。
今まで使っていたものが更新で使用できなくなってしまったからです。

 

 

これも上の写真と同じ場所から撮ったものですが
「ビッグハット」が桜と木の葉で隠れちゃっていますね

 

 

4月8日まで使用していたものは、購入したテンプレート
でしたが、どうしても子テーマを作ることができなかった
ため、今まで親テーマに直接書き込んで使用していました。

 

そして今月になり更新のお知らせがきたのでしてみると
更新後は、以前のようには直すことができなかったのです。

 

仕方なく結局、今まで使ったことのないフリーのテンプレートを
現在は使用していますが、サイドバーがわかりづらい等の問題を
抱えていますので、できれば適当なものに変えたいと思っています。

 

 

この写真も同様です
つまり3枚の写真は、ほぼ同じ場所から撮ったものです

 

 

 

 

未だに更新をすすめるメッセージが表示

「ブログのアクセス数が減った理由は?」でも書いたのですが
「グーグルコンソール」の「ホーム」にも「ダッシュボード」
にも、「新しい重要なメッセージ」として、

 

「Wordpress の http://ochakai-akasaka.com/ を更新されることを
おすすめします」と未だに表示されていることもよくわかりません。

 

ワードプレスの「ダッシュボード」の「更新」には
「最新バージョンの WordPress をお使いです」と表示されているのです。
とはいえもしやと思い、2,3度更新も試してみましたがやはり同じでした。

 

アクセス数の減少をブログに書いて後に改善されたように
今回も、アドセンスのベージビュー数の激減が改善されると
いいのですが……。

 

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「上屋敷」「中屋敷」「下屋敷」「抱屋敷」「蔵屋敷」

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kinokunizaka

 

 

大名の江戸藩邸

今日は江戸切絵図に、マークのように記された
「上屋敷」「中屋敷」「下屋敷」についてのお話を少々。

 

各大名がこのようなお屋敷を江戸に置くようになったのは
徳川3代将軍・家光によって参勤交代が制度化されてからのことです。

 

それらのお屋敷は幕府から命を受ける、いわば事務所のような役目も
もち、また人質として大名の妻子を住まわせるための家でもありました。

 

大きい藩になりますと、上屋敷、中屋敷、下屋敷以外にも別邸を
もっていたり、抱屋敷(かかえやしき)、蔵屋敷(くらやしき)
などが、それぞれの必要に応じて用意されたようです。

 

 

140609akasakasacas         赤坂サカス「広島藩浅野家中屋敷」

 

 

 

上屋敷(かみやしき)
江戸切絵図では「家紋」+「大名の名」で表示

江戸切絵図で「家紋  + 大名の名」が書いてあるものは、その大名家の
「上屋敷」ということで、家紋の上がその屋敷の表門の位置になります。

 

本宅にあたる一番重要なお屋敷で、藩主が江戸滞在中に正妻などと
暮らす場所であり、公式な行事をする場所でもありました。

 

敷地は各大名の地位、譜代、外様の別、石高などを考慮して
場所や大きさが決められたものを、各大名が幕府から拝領しました。

 

江戸城に登城する際に便利なように、上屋敷は比較的
江戸城に近い場所にあることが特徴です。

 

御三家をはじめ大きな藩ですと、一つのお屋敷だけでは事足りず
中屋敷、下屋敷等が作られるようになっていきます。

 

 

12 10 5 roppongihiruzu mouri        六本木ヒルズ「長府藩毛利家上屋敷」

 

 

 

「長府藩毛利家上屋敷」—— 六本木ヒルズ

上の写真は六本木ヒルズ( 〒106-6108 港区六本木6丁目11-1)の
毛利庭園ですが、こちらは長府藩毛利家の上屋敷でした。
TV朝日の報道ステーションの天気予報でもお馴染みですね。

 

近くの東京ミッドタウンも毛利家のお屋敷でしたが
あちらは長州藩の毛利家で、こちらはその支藩になります。

 

長州藩毛利家上屋敷の侍屋敷では、明治時代の陸軍大将となった
乃木希典が、乃木稀次の三男として1849(嘉永12)年に生まれています。

 

 

121022hue

 

 

またこれは仙台藩の『江戸御屋敷定』に記されていることですので他の
藩もそうかはわかりませんが、上屋敷の大手門近くの長屋に住む藩士は、
小唄、三味線、謡、鼓、太鼓、笛などの演奏を禁じられていたそうです。
                   (「江戸に仙台を見る」)

 

一方、他の長屋では謡、鼓、太鼓、笛は許されていたということです
ので、やはり上屋敷は公的な要素が大きいための制約なのでしょうか。

 

それにしても「小唄、三味線」は禁じられて、「謡、鼓、太鼓、笛」
は可ということは、歌舞伎はだめで、能楽はOKということ。

 

そういえば昔、お能の先生に
「江戸時代は謡を習うことは共通語を知ることでもあった」
という冗談が本当かわからないことを聞いたこともありましたが。

 

 

121220ki        六本木ヒルズ「長府藩毛利家上屋敷」

 

 

 

中屋敷(なかやしき)
江戸切絵図では「  ■   」+「大名の名  」で表示

中屋敷は嫡子や隠居、側室などが住む家です。
大藩の大名は中屋敷をもっていましたが、中屋敷をもたずに
上屋敷と下屋敷のみを江戸藩邸としていた大名も数多くいます。

 

ここで「江戸藩邸」と書きましたが
藩邸という言葉は当時使わなかったようです。

 

◯◯藩として幕府から拝領するのではなく、あくまでもその時点で
◯◯藩主である、△△家に対して与えられるものだからです。

 

ですから△△家が、◯◯藩から××藩へと転封(領地替え)を
した場合でも、江戸屋敷をかわることはありませんでした。

 

 

140401miharutakisakura         赤坂サカス「広島藩浅野家中屋敷」

 

 

 

「広島藩浅野家中屋敷」—— 赤坂サカス

広島藩浅野家(松平安芸守)の上屋敷は、霞ヶ関の国土交通省庁舎
のあるあたりにありましたが、中屋敷は2つありました。

 

国会議事堂がある場所と赤坂サカス( 〒107-0052 港区赤坂5丁目3-6)。
下屋敷は表参道ヒルズのあたりです。

 

前回、松平姓を賜った外様大名の中に、広島藩浅野家の名前が
ありましたが、中屋敷を2つもつ大藩であったことがわかります。

 

 

141126akasakasacaskouyou        赤坂サカス「広島藩浅野家の中屋敷」

 

 

 

下屋敷(しもやしき)
江戸切絵図では「  ●  」+「 大名の名」で表示

下屋敷は、別荘や別邸ともいうべきお屋敷で
立派な庭園が造られたり、側室の住まいにもなったようです。

 

江戸は火事が多かったので、その際の避難所としても使われました。
また不運にも上屋敷が焼失したような場合は、一時的に中屋敷、
あるいは下屋敷が上屋敷の代わりの役目も果たしました。

 

前にお話ししたように明暦の大火(振袖火事)では多くの屋敷が
焼失しましたが、それを機に他の場所に移った大名家もあります。

 

浅野内匠頭の赤穂浅野家は、最初は外桜田門に上屋敷が
ありましたが、明暦の大火後は鉄砲洲に土地を賜っています。

 

 

130426hujisiro       東京ミッドタウン「長州藩毛利家下屋敷」

 

 

 

「長州藩毛利家下屋敷」——東京ミッドタウン

先ほどの六本木ヒルズの長府藩毛利家の本家にあたるのが
東京ミッドタウン(〒107-0052 港区赤坂9丁目7−1)に
下屋敷を構えていた長州藩毛利家です。

 

長州藩毛利家の上屋敷は、日比谷御門外にあり、
中屋敷は最初は青山にあったものが外桜田へと移りました。

 

下屋敷はこの東京ミッドタウン以外に渋谷にも
ありましたので、下屋敷は2つあったことになります。

 

 

130317mouri       東京ミッドタウン「長州藩毛利家下屋敷」

 

 

東京ミッドタウンの下屋敷は「麻布屋敷」とも、檜の木が多かったこと
から「檜屋敷」ともいわれ、2000人もの人が暮らしていたといいます

 

江戸の屋敷は参勤交代があるため出入りも多く、正確な人数は
わからなかったようですが、それだけではなく江戸藩邸内というのは
幕府の統治外であったため、正確な数が出なかったともいわれます。

 

万一、藩邸内に犯罪者が逃げ込んだとしても
幕府は捜査をすることはできなかったということです。

 

 

151212nanbuzakaue          赤坂6丁目にある「南部坂」

 

 

 

土地の交換「相対替え」

これらの屋敷は、幕府の命令によって変えられることもありました。
また幕府の許可を得た上であれば、大名同士で屋敷を
交換する(相対替え)ことも可能でした。

 

有栖川公園の時に書きましたが、赤坂6丁目にあった赤穂浅野家下屋敷と
有栖川公園にあった盛岡藩南部家下屋敷は、相対替えをしています。

 

その両方に場所付近には「南部坂」という名前の
坂があり現在でも残っています。

 

 

160602arisugawakoenhanashobu   赤穂浅野家→盛岡藩南部家の屋敷になった「有栖川公園」

 

 

 

「抱屋敷(かかえやしき)」

今まで見てきた土地は、すべて幕府から拝領した「拝領屋敷」
でしたが、それとは別に大名が必要に応じて土地を購入し
屋敷をつくったものを「抱屋敷(かかえやしき)」といいました。

 

購入資金はもちろんのことですが、土地にかかる年貢なども大名の
負担となり、下屋敷やその他の用途に使われたということです。

 

抱屋敷を下屋敷と呼んでいる家もあるようですので、下屋敷と
いっても、拝領屋敷と抱屋敷の両方があるということですね。

 

 

       麻布にある「南部坂」 左は有栖川公園

 

 

 

「蔵屋敷(くらやしき)」

その他には、江戸よりも大坂に多かったというのが、年貢米や
領内の特産物をしまっておく倉庫のような役目をした蔵屋敷。
荷を船で運搬するために、江戸湾や隅田川沿岸部に建てられました。

 

豊臣秀吉の時代からあったという蔵屋敷は、有力な商人たちがいた
大坂・堺にありましたが、江戸幕府の成立により政治は江戸に移っても
商業は依然として大坂が中心であり、蔵屋敷は増える一方だったとか。

 

儒教思想の影響からか商売を厭う大名は、自分の蔵屋敷を表向き
「有力商人のものを借り受けている」と装っていたといいます。

 

 

hyugazakasendaizaka     (・・・)で囲ったところが「仙台藩伊達家下屋敷」

 

 

大坂では多い時には600を数えたという蔵屋敷ですが、それを所有
していると公言したのは、安濃津藩(あのつはん、三重県津市)と
前回登場した伊代松山藩(桜井松平家)の2つだけだったそうです。

 

南麻布に下屋敷のあった仙台藩伊達家の蔵屋敷は
大坂と深川(江東区清澄1丁目)にありました。

 

仙台から送られてきた米等を貯蔵し、また江戸で暮らす
仙台藩士の食用のためのお米もここで保存されていたそうです。

 

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「ブーブカフェ」と「サカスカフェ」は別のお店だよ 赤坂サカス

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150923sacascafeboobo

 

 

「TBS  Boobo  Cafe(ブーブカフェ)」

赤坂サカスの「TBSブーブカフェ」に初めて行ってきました!
オーダーしたのは御覧の通りハンバーグライス。

 

「TBSブーブカフェ」は、赤坂サカスにある
お茶や簡単な食事ができるカフェです。

 

以前、このカフェでのイベント「SPORTS CAFE(スポーツカフェ)
を御紹介したことがありますね。

 

 

 

こちらは「サカスカフェ」

今日の「TBSブーブカフェ」ですが、実は私は
「サカスカフェ」という名前だと思っていました。
赤坂サカスにあるカフェですので。

 

ところが違いました。
「サカスカフェ」はまた別のお店です。

 

以前、東京メトロ千代田線の赤坂駅、改札前にある「サカスカフェ」を
御紹介したことがありますが、こちらがいわゆる「サカスカフェ」です。
東京くるりぅむぱん」や夏場の「ソフトクリーム」などがあるお店。

 

つまり、「サカスカフェ」は赤坂駅の改札前のお店で
「ブーブカフェ」は赤坂サカスのTBS社屋内のお店ということですね。

 

 

140416akasakaeki     赤坂駅の改札の目の前にあるのが「サカスカフェ」

 

 

 

「TBSブーブカフェ」への行き方

赤坂駅改札前にある「サカスカフェ」の
左側のエスカレーターをのぼった後に

 

1 そのまままっすぐ行っても
2 左に折れて階段をのぼっても
どちらで行っても出たところは赤坂サカス内です。

 

1のそのまま行く場合は、この階段をのぼります。

130430akasakasakasu2012-377x299

 

 

2に、左に曲がって階段かエスカレーターで地上に行く方はこちら。

140408akasakaeki

 

 

1と2、どちらでも出た場所はそんなに離れていないのでOKですが
あえていえば2で出て、そのまま通路沿いに行くとTBS社屋の玄関に
つきますので、こちらの方が間違えることが少ないかもしれません。

 

2を出て、TBS社屋前についたところがこの写真です。

 

 

140609akasakasacasgenkan

 

 

赤い色のTBSのロゴマーク「ジ〜ン」がついていますね。
この入口を入って突き当たりにあるのが「TBSブーブカフェ」です。

 

mark         TBSロゴの「ジ〜ン」ができるまで

 

 

 

お昼過ぎの穏やかな「ブーブカフェ」

お昼時を過ぎていたせいか、お店の中は2組、
3人の人がいる静かな店内でした。

 

ちなみに3人ともTBSの人で、私がお店を出る直前に赤坂サカス
に遊びにきたかと思われる女性3人グループがお茶に訪れていました。

 

私は本当は、別のお店でランチをするつもりだったのですが、時間に
3,4分遅れて着いたために入れてもらうことができませんでした(涙)。

 

その後、かなり歩いてお腹がすいていたので、おやつの時間帯で
「ブーブカフェ」おすすめの季節のタルトなどもありましたが
迷わずハンバーグライスをお願いすることに。

 

 

rosenthalmateki140602boobo

 

 

 

ブーブがいっぱい!

こちらの「ブーブカフェ」、以前の名前は
「TBSプラザ喫茶」という名前だったそう。
う〜ん、お店の雰囲気はまさに「TBSプラザ喫茶」という感じ。

 

注文後にまず、このスープが運ばれてきました。
スープが先に運ばれてきたことに、そしてそのコンソメスープに
ブーブ君が浮いていることに、ちょっと笑っちゃいました(ごめん)。

 

 

150923sacascafe

 

 

スープにはブーブ君が浮いていて、お箸の袋にもブーブ君、
そうそう写真には写っていませんがテーブルにも
お料理の載っているお皿にもブーブ君がついているのですよ。

 

 

 

今日のハンバーグのブーブ度は85点?

そして極めつけは、やっぱりこれですね。
ハンバーグについているブーブ君のお顔でしょう。

 

 

150923sacascafeboobo

 

 

ハンバーグにチーズでブーブ君の顔が描かれています。
チーズという、熱を加えるとしどけなく流れやすい素材で
ブーブ君の顔をつくるのは大変そう。

 

「元ブーブ君」にならないようブーブ度100%を目指して
日夜努力をしているのかも?

 

このハンバーグのブーブ度は85点位でしょうか。
もちろん余裕で合格ですね。

 

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