「NYCB(ニューヨークシティベーカリー)」閉店

「あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

2017年9月4日 閉店

赤坂通りの赤坂サカスの反対側、赤坂6丁目にあった
「NYCB(ニューヨークシティベーカリー)」
が残念ながら、9月4日に閉店してしまいました。

 

ということは、私の入院前にはもうすでになかった
ということになりますが、全く気づきませんでした
閉店を知らせる張り紙もあったようですが。

 

「 NYCB」の前を通る時には、何とはなしにお店を
見るのが習慣のようになっていたのですが、その頃は
歩くだけでも苦しかったので目に入らなかったのかも。

 

 

 

 

 

7年間の営業

「NYCB」は2010年10月5日にオープンしました
ので、まる7年間の営業ということになりますね。
もっとも店長の田中元樹さんが就任したのは4年前。

 

初めてもったお店だそうで愛着もひとしおだとか。
赤坂近辺で働いていた人はもちろんのこと
外国人観光客も多く訪れたお店でした。

 

「あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木」でも
2015年7月11日に「クランベリーデニッシュ」
同じ年の12月4日の「スコーン」をご紹介しました。

 

こちらがクランベリーデニッシュ。

 

 

そしてこれがスコーン。

 

 

 

小さな店舗の魅力

厳選したバターを使用したクロワッサンが人気で
素材にこだわった無添加パンでしたが、そのわりには
お値段がリーズナブルなのも嬉しいところ。

 

素人考えで、店舗の小ささや人件費などの
お店の努力によって可能なお値段なのかなぁと。

 

3坪ほどの本当に小さなお店でしたが、かえって
その小ささがまた個性のようにも感じられたお店

 

ここで作ったものを、すぐ手渡してくれる
という、まさに作り手の顔が見えるお店で
親密さと信頼感が漂っている店内でした。

 

 

 

 

 

閉店理由は手術のため

そこで気になる閉店の理由なのですが
店長の田中さんの持病の悪化により
手術が必要になったためということ。

 

最近、生まれて初めての入院を経験した身
としては、なんとも身につまされる話です。

 

でも田中さんは、回復すればすぐにでも戻ってきて
赤坂でまたお店をやりたい、早ければ2〜3カ月で
戻ってくるとおっしゃっていたそう。

 

 

 

 

 

感謝と感謝

来店していただいた多くのお客さんに
感謝の気持ちを伝えたいという田中さんですが、

 

私たちも安心して買うことのできる美味しいパンを
作り続けてくれた田中さんに感謝したいですね。

 

そしてゆっくりと休養をとった後に
必ず戻ってきてくれることを
願っています、この赤坂に。

 

スポンサードリンク




柿右衛門窯 東京店(赤坂)

「あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

 

 

「酒井田柿右衛門窯  東京店」(赤坂)

前々回(「柿右衛門と柿右衛門様式」)と
前回(「柿右衛門の濁手」)と酒井田柿右衛門のお話
でしたが、その柿右衛門の直営店が赤坂にあります。

 

柿右衛門窯はもちろん佐賀県にあるのですが
直営店は大阪と東京にあり、その東京店が赤坂の店舗。

 

(「柿右衛門窯 町営店
 107-0052  東京都港区赤坂6丁目 19-44
  03-3586-3841
 営業時間 平日 9:30~18:00 土曜日9:30~17:00
 日、祭日はお休み)

 

 

左下の緑色の部分が「東京ミッドタウン」
その意義側の「M」のあたりが「柿右衛門窯  東京店」

 

 

 

「檜坂」沿いにあるお店

場所は、東京ミッドタウンの正面ではなく反対側の
お庭や港区立檜町公園がある静かな方にあります。

 

上の地図で右上に見える緑色の塊が赤坂サカスで
左下が「東京ミッドタウン」ですが、その左に「M」と
書いてあるあたりが「柿右衛門窯  東京店」のある場所。

 

M」から東京ミッドタウンを見るとこんな風です。

 

 

 

聳えている建物物は東京ミッドタウンのタワー

 

 

 

石垣の上は檜町公園で、その先が東京ミットタウン。
石垣があるこの道は「檜坂」と呼ばれる坂ですが
石垣と檜坂を一緒に撮った写真がこちら。

 

 

 

石垣のある道は「檜坂」です

 

 

 

1階か2階か?

写真の左側に「檜坂」の標識が見えますね。
この標識を入れて、石垣側から反対の方を撮ると
こんな感じで、こちらが柿右衛門窯東京店になります。

 

 

 

檜町公園と檜坂に面している「柿右衛門窯  東京店」

 

 

 

マンションの1階というか2階というべきなのか
ちょっと迷うところではありますが、おそらく
「柿右衛門窯  東京店」は1階なのだと思います。

 

何といっても坂の多い赤坂のことですので、写真の
手前と向こう側ではかなり高低差がありますからね。

 

7月10日:追記
 柿右衛門東京店は、1階ではなく2階だそうです。
 この記事を書いた7月1日のグーグルの表示では番地
 のみでマンション名と所在階数の表示はなかったの
 ですが、今日見たら「2階」となっていました!
 まさかこのブログを見て建物名と所在階数を加え
 てくれたとは思えないのですが、何とも不思議です。
 グーグルのみではなく「柿右衛門」のサイトでも同様
 にマンション名の記載がなかったので、オフィスビル
 ではなくほとんどが住居用の建物ですので、あえて
 記載しないのかと思い、私もマンション名を書かな
 かったのですが……。
 ちなみに「柿右衛門」のサイトの方は、現在でも
 建物名の記載はありません。)

 

 

 

 

まあそれは置いておいて、東京ミッドタウンの正面玄関の方は
車や人通りの多い外苑東通りで賑やかな六本木すが、反対側の
こちらは檜町公園の真ん前でもあり緑の多い静かな場所です。

 

檜町公園では春には桜、そのあとには藤の花が続きます。
柿右衛門の濁手に描かれた花々たちといずれも劣らぬ
美の競演がこの界隈では繰り広げられているようです。

 

窓の形もアーチ状でモダンな感じがします。
最初は日本のやきもののお店風でないようにも思いました。

 

ですが考えてみれば、柿右衛門はヨーロッパ
の王侯貴族に愛された焼物でしたものね。

 

 

「色絵花鳥文皿」柿右衛門様式

 

 

 

「柿右衛門窯」(佐賀県)

柿右衛門窯東京店はうちから数分で行くことができ、よく前を
通っているのですが、実はお邪魔をしたことはありません。
佐賀県にある柿右衛門窯には行ったことがあるのですが。

 

(「柿右衛門窯
 佐賀県西松浦郡有田町南山丁352
 Tel. 0955-43-2267)

 

以前、お話しした中里太郎衛門窯に行った時に一緒に
参りましたが、先ず最初に訪れたのが柿右衛門窯でした。

 

 

柿右衛門窯(写真/「PREMIST SALON  プレミストサロン」)

 

 

遠い佐賀県の柿右衛門窯には行ったことがあるのに
赤坂にある近くの柿右衛門窯  東京店に未入店
というのもおかしな話。

 

実は佐賀県の柿右衛門窯にはお供で行ったのです。
連れて行ってくださった方は、14代・柿右衛門の香炉を
お求めになり旅行後、それは和室に飾られていました。

 

本当は赤坂の柿右衛門窯  東京店にもお邪魔したい
のですが、7桁の香炉はもとよりそれ以外であっても
私にはちょっと敷居が高く躊躇しているのが現状です。

 

 

 

 

白いアーチ状の窓から、飾られている壺か花入と
思われる作品がうっすらと見えることがあります。
是非、一度訪れてあのアーチの中に消えてみたいなぁ。

 

スポンサードリンク




赤坂の料亭 5軒のうち「口悦」は今月いっぱいで閉店

「あぷりのお茶会赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

 

 

最盛期は60件ほどのあった料亭が今は一桁に

昭和40年代(1965〜1974年)頃は、60軒ほどあった
赤坂の料亭も、今はわずか5軒になってしまった
という記事を読んだのは昨年の9月のことでした。

 

5つの料亭とは「浅田屋」「口悦」「つる中」「佐藤」、
そして前々回に御紹介した「赤坂金龍」
「赤坂 金龍『金龍御膳』」)。

 

その記事を読んでわずか半年も経たないうちに
その中の一つの料亭「口悦」が今月、
2017年3月で閉店が決まってしまいました。

 

昨年、首相官邸近くの赤坂2丁目にできた「ケイ・ジー3」
という会社が購入しましたが、この会社はカカクコムなどを
傘下に収める東証一部の「デジタルガレージ」という会社。

 

「口悦」のみならず外堀通りに面している9階建てのビルも
購入済みの上、隣接の駐車場の購入を考えているそうです。
もしそうなると全部で477坪という広さになりますので
大きなビルが建つのではないかとも囁かれています。

 

 

 

料亭「口悦」

 

 

 

「口悦」は3月で閉店

「口悦」の女将・渡辺純子さんは
俳優の故渡辺文雄さんの奥様です。

 

1962(昭和37年)に「口悦」をオープンして以来、
半世紀以上にわたり切り盛りをしてきましたが
体力の限界から、この度お店を閉じることになりました。

 

(「口悦」
〒107-0052 赤坂2丁目5-15     Tel. 03-3585-0321
営業時間 17:00~23:00     総席数 100 喫煙 可
定休日 土曜・日曜・祝日      予算(夜) ¥30,000~ )

 

 

 

 

歴代の総理で、訪れたことがない人はいないといわれる
ほどの名店「口悦」は、お料理の味は言うに及ばず、
女将の細やかな心配りとお店の佇まいが、訪れる人に
安らぎを与え続けてきた、赤坂の名料亭でした。

 

「もう非常に残念です。
* 僕の若き青春の血が滾っていた時代を過ごした土地ですよ」

「口悦がなくなってもまだ数件は料亭が残りますが、
* やはり『口が悦ぶ』と書く口悦は、日本の文化だった。
* 国会の先生方も、口悦の門をくぐって
* 総理大臣までのぼりつめているわけだから。
* 守りたいとも思うけれど、お母さん(女将)が膝を痛めて
* 膝を痛めてお座敷で正座が出来なくなったことも、
* 閉店の大きな要因のひとつ。
 経営が苦しくなったということではないですからね」

 

と寂しそうに語るのはみのもんたさん。
              (「週刊新潮」2016年11月17日号)

 

 

 

料亭「口悦」

 

 

 

命名は小津安二郎、表札は中川一政

「口悦」というお店の名前については、渡辺文雄さんが
生前にこのような説明をしていらっしゃいます。

 

「女房の家が、昔、料亭をやっていて。
それを女房が再開したのが、結婚して
5年後ぐらい後のことです。
店の名を改める際、映画監督の小津安二郎さんんが、
口が悦ぶと書いて『口悦』とつけてくれました」
        (「DAILY  SHINCHO」2017.3.21)

 

また表札の字は、中川一政画伯の筆によるものだそうです。
多分、このお酒の「口悦」の字も。

 

 

 

料亭「口悦」

 

 

 

最新版、赤坂の料亭マップ

現在、赤坂の料亭組合一覧に載っている5つの料亭の位置を
正確ではありませんが、大体のところを地図で示してみました。
外堀通りに平行に沿っている道に料亭があることがわかります。

 

意外だったことは、お店の前を通っていてここは料亭だろう
と思っていたお店のほとんどが、料亭ではなく「日本料理」や
「割烹」のお店として登録されていることでした。

 

お店の中に入ればまた別なのかもしれませんが
外見からですと全くわからず、夜は外に黒塗りの車が待機して
いたりするもので、てっきり料亭だと思っていたのですが。

 

 

         現在の赤坂の料亭の位置(2017年3月)

 

 

「口悦」も入れて、現在ある赤坂の料亭は
全て赤坂見附駅から溜池山王駅を結ぶ
外堀通りと並行の道にあります。

 

これはやはり、赤坂の花柳界が最も賑わったのは
軍人や政治家、財界人といったお客さんが
主だったことによるのでしょうか?

 

中でも「口悦」「つる中」「佐藤」の3つのお店は
お隣同士といってもいいほど近い場所にあり
その上、国会や首相官邸もすぐ近くですね。

 

 

 

料亭「つる中」 とても美しい写真があった
のですが、使わせてもらえないのでこちらを

 

 

 

料亭の情報は出ていない?

そこで「つる中」と「佐藤」の情報を調べてみたのですが
これが驚き、といいますか当たり前のことではありますが
いまさらのように気づいたことがありました。

 

「つる中」
〒107-0052 港区赤坂2丁目5-17 Tel.03-3583-1457
営業時間  10時00分~22時00分

 

「つる中」はこのように営業時間は記されていますが
定休日等の情報は見当たりませんでした。
それが「佐藤」になりますと、もっと顕著です。

 

「佐藤」
〒107-0052 港区赤坂2丁目8-19 Tel.03-3585-8201

 

というわけで、住所と電話番号のみで、営業時間、
定休日等は店舗へお問い合わせくださいとのこと。
当然のことながら、「つる中」「佐藤」に関しては
食べログの写真、メニュー紹介、口コミ等は一切ありません。

 

 

 

料亭「佐藤」
こちらも「つる中」同様 写真はこれしかありません

 

 

 

一見さんお断り

はじめはなぜ?、と思ったものの、
そうですよね、それが「料亭」なのでしょう。

 

一見さんお断りなのですから、メニューはもちろん、
営業時間や定休日なども、一般に知らせる必要も
ないわけでして。

 

これに対して「口悦」は、営業時間も定休日も、
予算も書かれていましたが、料金を気にするような人は
もともと料亭には行かない、行ってはいけない
ということなのかもしれません。

 

このような料亭の性質を考えれば
またこれも当然のことなのかもしれませんが
基本的に料亭にはサイトもないようです。

 

 

 

             料亭「赤坂  金龍」

 

 

 

サイトがあるのは「赤坂金龍」と「浅田屋」

ただし前々回、御紹介した「赤坂 金龍」はサイト
がありますし、また「浅田屋」も同様です。
「浅田屋」の御主人浅田松太さんは、現在の赤坂料亭組合の会長。

 

『赤坂料亭組合』は、赤坂の芸者さんの組合である
『赤坂芸妓組合』と共に『東京赤坂組合』として、
料亭の取りまとめを行うほか、伝統芸能としての
料亭と芸者の継承に日々力を注いでいます。

 

「東京赤坂組合」
〒107-0052 港区赤坂2丁目8-15
          オリエントニュー赤坂 2F
 Tel.:03-3585-1010

 

こちらの催しものとして今月、3月10日と11日に
第55回を数える「赤坂をどり」が、赤坂サカス内の
ACTシアターで開催されました。

 

私は残念ながら一度も行ったことはないのですが、
この時期には艶やかなポスターが、赤坂の街中に
目につくようになります。

 

 

 

    料亭「赤坂浅田屋」(写真/「『WELCOM港区』vol.630」)

 

 

 

「浅田屋」

そして残る一店が「浅田屋」です。
「浅田屋」の始まりはなんと今から約350年ほど前のこと。

 

「浅田屋」
 〒107-0052 港区赤坂3丁目6-4
 Tel. 03-3585-6606   Fax. 03-3585-5229

昼食  月~日 11:30~14:30(L.O.14:00)
夕食  月~土 17:30~22:30(L.O.22:00)
      土日祝日は、前日までの完全予約制

 

1659(萬治2)年に、初代・浅田屋伊兵衛が
加賀藩主・前田綱紀より飛脚を命じられ、その後200年に
わたって飛脚のまとめ役である棟取りを勤めましたが、
明治維新の前年、当時の当主が飛脚の役割を藩に返上。

 

1867(慶応3)年に、今までの経験をいかして、金沢市
十間町に旅籠「浅田」開業し、後に旅館「浅田」を創業し、
現在は料亭や中華レストランも開いています。

 

 

 

金沢の料亭旅館「浅田屋」のお料理 「治部煮」と「ゴリ」
治部煮は頂いたことがありますが、ゴリって何でしょう?
煮こごりのことでしょうか。

 

 

 

そして1971(昭和46)年、現在の「赤坂  浅田屋」の
御主人であり赤坂料亭組合会長でもある浅田松太さんの
お祖父様が、加賀料理のお店を赤坂に、
料亭「赤坂浅田」として開業しました。

 

1993(平成5)年には港区北青山に加賀料理「青山浅田」を、
2004(平成16)年、名古屋駅JRセントラルタワーズに
加賀料理「名古屋浅田」をオープンしています。

 

「浅田屋」についてもっといろいろ書きたいのですが
そちらは、いつかお邪魔した後にしましょうね。

 

「浅田屋」は一見さんお断りではないようですし、サイトも
充実していて、高いけれど高過ぎる敷居のお店ではないようです。
と信じて、夜は無理でも(涙)お昼に伺ってみたいと思います。

 

スポンサードリンク