加賀千代女は江戸に来ていなかった! 赤羽橋の朝顔の謎

「あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

160602suidoukyokuminato

 

 

「アサガオォー!」

前回、ドイツ大使館居候ネコさんのお話をアップした朝、
またネコさんのツイートが目に飛び込んできました。
そこには下の「朝顔」と「ゴジラ」の
写真に、こんな言葉が……。

 

 

ぐーてんもの元気ですかぁー!  アサガオォー  =^_^=
gojiraasagao

 

 

無粋な私は一瞬わからなかったのですが
そうか、アサガオォー、ガオォーなのね、
ごめん、すぐわからなくって。
一緒に、こんなリツイートも添えられていましたよ。

 

 

 

ドイツ語でアサガオは「豪華なツル草」

英名morning glory、ドイツ語名はPrunkwinde
(豪華なツル草?とでも訳せるかな?)
ドイツの街中では日本ほどには見かけないですが朝顔。
これ見かけると、夏!夏休み!って気がしますね〜。
皆様よい週末&夏休みを!
        (kawachi_berlin‏@berlinbau

 

ドイツ語でアサガオは「Prunkwinde(プルンク
ヴィンデ)」といい、女性名詞だということ
ですが、「豪華なツル草」なんですね。
ちなみにフランス語では「volubilis(ヴォリュビリス)」、
「belle-de-jour(ベルドゥジュール)」というそう。

 

豪華なツル草といえば、先日驚いたことがありました。
まさに豪華なツル草のようなアサガオに赤羽橋のそばで
遭遇したのですが、それがこちら。

 

 

160602suidoukyokuminatoアサガオ(東京都水道局港営業所ビル)

 

 

 

アサガオの不思議1(壁面を覆うのは?)

この写真では全体の一部しか写っていませんが
東京都水道局港営業所ビルの下から上まで
ぐわ〜っとアサガオが覆っていたのです。

 

ここは以前、御紹介した古川に架かる中の橋赤羽橋
そして久留米藩有馬家の上屋敷のあった場所。

 

地図でいいますと、緑色の大きな四角形が
久留米藩有馬家の上屋敷。

 

その上の方に「赤羽橋」と書かれた地下鉄の駅の
マークがありますが、ちょうどそのあたりが
東京都水道局港営業所のビルが建っている所です。

 

 

nakanohashi中の橋赤羽橋の中間あたりが「東京都水道局港営業所」

 

 

最初はツタの葉が壁面を覆っているのかと思った
のですが、よく見るとお花も見えるでしょ?、
アサガオですよね、これ。

 

何カ月でこんなに壁面一帯を覆ってしまう
ほど成長するものなのかわかりませんが
写真を撮ったのは6月の夕方だったと思います。

 

でも夕方まで咲いているということはアサガオでは
なくヒルガオ、あるいはユウガオなのでしょうか?

 

 

160602suidoukyokuminatoピンク色の花もたくさん見えます

 

 

 

アサガオの不思議2(加賀千代女の井戸)

アサガオといえば、もう一つ
この付近で不思議なことがあります。

 

先ほどの地図のもう少し下まで
出ているのが次の地図です。

 

上の地図で緑色の部分が久留米藩有馬家の
上屋敷で、現在の住所でいうと港区三田1丁目。

 

 

 

 

下の地図では「D」三田病院や三田高校がある所の
右下に「慶應義塾大学」(三田2丁目)が見えますね。

 

そのもう少し下の4丁目8に「薬王寺」というお寺が
あるのですが、そこには「加賀千代女の井戸」
と呼ばれるものがあるのです。

 

あの有名な「朝顔や  釣瓶とられて  もらい水」
という超有名な俳句が詠まれたという井戸。

 

 

 

kaganotiyojonoido加賀千代女が朝顔の句を詠んだ井戸??(東京都港区)

 

 

 

最初、この井戸を知った時、
「加賀千代女って港区の三田で暮らしていたの?」
とびっくりしました。

 

 

 

「起きて見つ…」も別人の句

加賀千代女は1703(元禄16)年、加賀国松任、
現在の石川県白山市八日市町に、表具師・
福増屋六兵衛の娘として生まれました。

 

12歳から白山市美川町の各務支考(かがみしこう)
門下の、潟屋半睡(大睡)のもとで
俳人として修行をはじめます。

 

17歳の時には松尾芭蕉門下の支考から
「あたまから不思議の名人」
と賞賛され全国に知られるようになります。

 

 

 

 

「起きて見つ  寝て見つ蚊帳の  広さ哉」という句
からの発想なのか、千代女は18歳で金沢に嫁いだ後、
夫と死別したともいわれますが、そもそも結婚をして
いない説もあったりで正確なことはわかっていないそう。

 

ちなみに「起きて見つ  寝て見つ蚊帳の  広さ哉」は
千代所の句ではなく、元禄7年に刊行された
『其使』に載っている遊女・浮橋の句だそうです。

 

また一茶が引用したという
「とんぼつり  今日はどこまで  いったやら」
も千代女の作ではないとのこと。
「千代女の里俳句館」

 

 

kaganotiyojo2003(平成15)10月3日、発行のふるさと(石川)2種連刷
『あさがおや  つるべとられて  もらい水 』の切手です。
右の文字は加賀千代女直筆の文字ということ
「あさがお」は最初「あさがお」だったそうですが
千代女35歳の時に「に」を「や」に改めたそうです

 

 

なんと加賀千代女の有名な句と思っていたものが
実は、彼女のものではなかったという、ちょっと
肩透かしという感じもしますね。

 

1754(宝暦4)年、52歳の時に剃髪し、
1775(安永4)年に73歳で没。
生涯で1700句あまりを詠んだといわれています。

 

 

 

加賀千代女は江戸には来ていなかった!

という加賀千代女ですが、いつ江戸にでてきて
現在の港区三田にある井戸で、あの有名な
アサガオの句を詠んだのでしょう?

 

 

「千代女の井戸」といわれる場所の近くにある「綱の手引き坂」

 

 

千代女の出身地である白山市の「千代女の里俳句館」
では「朝顔の句は、こちらの調べでは大坂か伊勢
で詠まれたものだと解釈しています」
と言っていらっしゃいます。

 

江戸に行ったことについては、
「それは、あり得ないでしょうね。
年表を見る限り、千代女が江戸に
行くだけの時間はないですね」
とのこと。(「徒然想」)

 

……、そうだったのですね。
今のように新幹線や飛行機で日帰り
ということも出来ないのですし。

 

 

こちらは「綱の手引き坂」の名の由来となった
渡辺綱が産湯をつかった井戸だということです

 

 

でもそうであるならば、なぜ三田にある
井戸が。千代女の朝顔の井戸だという
ことになってしまったのでしょう?

 

しかし、明らかなウソを平然と
ついているお寺ってどうなの?
という気もしないでもありませんが。

 

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