丸ボーロという名前はマルコ・ポーロから? 丸房露「千鳥屋」

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150125

 

 

「丸房露」

関西の知り合いから送っていただいた「丸ボーロ」。
福岡県飯塚市に本社のある
「株式会社 千鳥屋本家」のお菓子です。

 

私は「ボーロ」といえば、「卵ボーロ」のような
小さいものしか知らなかったのですが、

 

もともとは今日のような「丸ボーロ」が基本で
「卵ボーロ」はむしろそのヴァリエーション
のようですね。

 

 

tamagobolo大豆より一回り大きい「卵ボーロ」

 

 

 

南蛮渡来のお菓子

「ボーロ」という名前からも想像ができますように
「丸ボーロ」はポルトガルから伝来したお菓子。

 

南蛮船の長旅にもたえるように作られた
堅くて小さな焼き菓子で、今の日本の「丸ボーロ」
より、クッキーに似ているものだったそうです。

 

「丸ボーロ」のもとになったのは
「カヴァカ・フィーナ・デ・カルダス
(Cavaca Fina de Caldas)」というお菓子ですが……。

 

 

cavaca.fina_カヴァカ・フィーナ・デ・カルダス(写真/「D0ces」)

 

 

う〜ん、あまり「丸ボーロ」とは
似ていないような気もしますね。
何やらお砂糖系のものがまぶして
あるようにも見えます。

 

もっとも、この写真のカヴァカ・フィーナ・
デ・カルダスが、日本に伝来した時のお菓子
そのままで全く変化していない、ともいえませんが。

 

 

byobu2s『南蛮人来朝図屏風』(国立歴史民俗博物館)

 

 

 

日本で最初に作ったのは?

日本で「丸ボーロ」を作るようになって370年以上
たつということですが、どこでつくりはじめた
かについては、いくつかの説があるようです。

 

現在、佐賀県佐賀市にある「
鶴屋菓子舗」は、寛永16年1639年の創業で
現当主は第14代の堤光昌さん。

 

天和年間(1681〜84)、2代目店主が長崎の
出島でオランダ人から「丸房露」を学んで
作るようになったとサイトには記載されています。

 

同じ佐賀市にある「北島」は、創業は1
696年、元禄9年ですが、当時は
お菓子屋ではなく数珠屋さんでした。

 

その後、業務を拡大し、幕末には
横尾家から「ボーロ」の製法を習い
後に改良して「丸房露」にしたということです。

 

 

150125maruboro丸房露「千鳥屋本家」

 

 

 

Wiki.では「千鳥屋」は異説としていますが

今日、御紹介の「千鳥屋」のサイトには
「1630年、カステラと同様いち早くポルトガル
からその秘伝の製法を学び、福岡独自の
『丸ボーロ』を作りあげました」とあります。

 

「千鳥屋」「鶴屋」「北島」の3つの
サイトの既述が正しいとすれば、

 

 「千鳥屋」1630年
 「鶴屋」 1681年
 「北島」 幕末

 

と「千鳥屋」が最初に「丸ボーロ」を
手がけたことになります。

 

ところがWiki.では「鶴屋」と「北島」が
「丸ボーロ」発祥の双璧とされ、今日、御紹介の
「千鳥屋」はなぜか異説とされています。

 

発祥の地はともかくとして「丸ボーロ」は、
南蛮渡来佐賀銘菓であり、九州のお菓子で
あることには間違いないようです。

 

(現在の「千鳥屋」は福岡ですが、
もとは佐賀県にありました)

 

また、上記3店舗とも「丸ボーロ」を
「丸房露」と表記しています。

 

 

byobu1s『南蛮人来朝図屏風』(国立歴史民俗博物館)

 

 

 

名前の由来も不明

そして発祥の地がはっきりわからない以上に
もっとわからないのが「丸ボーロ」
という名前の由来だそう。

 

『東方見聞録』を著したことでも有名なマルコ・
ポーロに由来するとも、オランダ語の丸い形を
意味する「bolo」から来ている等、色々な説が
あり本当のところはわからないようです。

 

私は「丸ボーロ」は今回初めて知ったのですが、
今書いたようなことを何も知らない子どもの時から
「ボーロ」といえば「丸いお菓子」と認識していた
ということは、もう完全に日本語になっている
ともいえますね。

 

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