「バッハの思い出」 「本物」「ニセモノ」11

「あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

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突然の質問

学生時代のことでした。
授業が始まるやいなや、先生が私の方を
向いてお聞きになりました。

 

「あなたは、どんな人と結婚したいですか?」と。

 

その質問を私になさった先生は、当時の
私の母より,少し年上の女性の方でした。

 

 

 

 

授業の第一声が、私にむけられたこのような
質問だったことに、私は少々戸惑いました。
今までの授業で、このようなことはなかったからです。

 

 

 

迷わず言った言葉は

「尊敬できる人と結婚したいと思います」
と私は言いました。

 

その私の答えに対して、先生が何か質問を
されたのかどうかはよく覚えていない
のですが、私はこう続けました。

 

 

 

 

「バッハの2度目の妻である、アンナ・
マグダレーナ・バッハのように、終生
夫を尊敬できたら幸せだと思います」

 

実はこの2つ目の「」の中の言葉は、本当に
言ったんかい?、と今になって考えますと自分
に突っ込みたいと思わないでもないのですが……。

 

でも、言ったと思います。

 

 

 

 

(そんなこと言っているから、結婚
出来なかったんだよ、ということは、
今回は触れないでいただけましたら幸いです)

 

 

 

アンナ・マグダレーナ・バッハの日記から映画

アンナ・マグダレーナ・バッハといえば
1967年には、彼女の日記をもとにした
映画もできていたようです。

 

タイトルは「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記
(CHRONIK DER ANNA MAGDALENA BACH)」。

 

 

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製作国は、西ドイツ、イタリアとなっています。
1967年の製作ではありますが
2003年日本でリバイバル上映。

 

ジャン・マリー・ストラウプ&
ダニエル・ユイレ監督。
バッハ役はグスタフ・レオンハルトです。

 

 

 

映画の元になった本

私はこの映画については全く知らずに今回、初めて
知ったのですが、高校生の時に「バッハの思い出」
という本を読んだことがありました。

 

 

 

 

いわゆる「大バッハ」といわれる
ヨハン・セバスチャン・バッハの2人目の妻
であるアンナ・マグダレーナ・バッハの
書いた本です(とその時は思っていました)。

 

私は本は図書館のものを読み、基本的に
買わないのですが、この本は大好きなバッハ
関係のものでしたので、当時は高校生の私は
迷うことなく買いました。

 

その本の中でアンナ・マグダレーナ・
バッハは、こんなことを書いています。

 

 

 

 

「この世で幸せな女性が二人いる
一人はバッハの最初の妻で、
もう一人は私だ」と。

 

 

 

偽書と判明

こんな素敵な言葉が書いてある本
でしたが実はその本はバッハの二度目
の妻であるアンナ・マグダレーナ・
バッハが書いたものではなく、後の人が
書いた偽書であることがわかっています。

 

最初は「ええ〜っ!」と驚いたものの
騙されたとか、ウソをつかれたという
マイナスの感情は、私にはありませんでした。

 

 

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バッハ像 ライプツィッヒ
(写真/「Wikipedia」)
1685年 3月21日 アイゼナッハに生まれる
1707年10月17日 マリア・バルバラと結婚
1721年12月 3日 アンナ・バグダレーナと結婚
1750年 7月28日 ライプツィッヒで亡くなる

 

 

少しニヤッとして
「なかなか、やりますなぁ……」
という感じでしょうか。

 

私は何故かその本が嫌いになれませんでした。
現在はその本は処分してしまって
手元にはないのですが。

 

 

 

 真実の一かけらが記されている本

誰が書いたかは別にして

その本には、いくつか心を惹かれた箇所がありました。
その中で一番感動した部分は次のようなものです。
(現在は本が手元にないので、正確ではありま
せんが、大体こんな意味だったと思います)

 

 

 

 

バッハは、彼の作品に対する
どんな褒め言葉よりも、
「バッハの作品を聞いた後は、少なくとも
一週間は悪いことはしたくなくなる」
という感想を聞いて、ことのほか喜んだ、
というものです。

 

これが偽書とわかった今は
このことが「事実」か否かはわかりません。

 

ですが私には、このようなことをバッハは
思ったのではないか、という気がするのです。

 

 

 

 

バッハ好きの私の、そうであってほしい、
という願望なのかもしれませんが。

 

この本はアンナ・マグダレーナ・バッハ
ではなく、後の人が書いたものです。

 

そうではあってもこの本には
ある種の「真実」の一かけらは記されている
のではないかという気が私にはしてなりません。

 

 

 

 

 

たった今、知った事実!

と、ここまでブログの下書きを書いてあり、
今日のブログは、ここで終わらせるつもりでした。

 

ですが、アップする2時間ほど前に
もう一度チェックして、念のために
Wikipediaもチラッと見てみましたら……。

 

アレレ……です(最初から見ておけばよかった)。
あんな数十年前に読んだ、しかも「偽書」について
Wiki.に記述されているなんて思っていませんでした。

 

 

 

 

 

偽書の意図は全くない「創作」として発表

この「バッハの思い出」は、
Esther Meynell が1925年に出版した
「The Little Chronicle of Magdalena Bach」
という本が原著だそうです。

 

著書は「偽書」ではなく
あくまで「創作(フィクション)」
としての発表。

 

本の中の事実関係に関しては、1925年当時の
バッハ研究に基づいて書かれているようです。

 

 

 

 

しかし現在では「バッハの思い出」には
いくつかの間違いもあると指摘されています。

 

1925年といえば、ほとんど一世紀前のこと
ですから、それは当然のことかもしれません。

 

つまりここまでは、そのように研究が進んだ
ことによる間違いはあるものの、著者も出版社
も「バッハの思い出」を「偽書」と意図して
いるのではなくあくまでも「創作」として
扱っているわけです。

 

 

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 日本語に翻訳した日本人の間違い

その後、この「バッハの思い出」がドイツで
出版された時に、著者名を伏せていたこと
から誤解が生じたと考えられています。

 

ドイツ人にとっては、この本がフィクション
であることは自明のことでした。

 

しかし「バッハの思い出」を読んだある日本人
アンナ・マグダレーナ・バッハが書いたもの
なのだ
と間違えたことから問題が生じたのです。

 

 

 

 

「バッハの思い出」のドイツ語版が
日本語に翻訳されました。

 

その時に、著者はアンナ・マグダレーナ
・バッハと記されました。

 

そのようにして出版された「バッハの
思い出」を高校生の私は読んだのです。

 

 

 

 

 

なぜ、日本の出版社は訂正をしないのか?

「Wikipedia」にはこのように書かれています。

 

「現在でもまだ日本ではアンナ・マグダレーナ
が著したかのような
体裁で出版されているので
注意が必要
である」と。(「Wikipedia」)

 

私が高校時代はともかく、それからウン十年と
月日は流れているというのに、未だにそのよう
に出版されているとは、本当に驚きました。

 

現在のような、瞬時に情報が世界へと流れる
社会でありながら、それを訂正しない出版社
いうものに疑問を感じずにはいられません。

 

 

Unknown_20140109220436f41アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳

 

 

 

「創作」に「偽書」という濡れ衣を着せ続ける罪

事実をストレートに書いて出版したものである
ならば「バッハの思い出」は一つの愛すべき作品、

 

ですが、最初に間違ったことを、事実が判明
した後も訂正することもなく、嘘をつき通す
ことによって、一つの立派な「作品」に「偽書」
という汚名をきせ続けることになります。

 

「バッハの思い出」を出版したのは
はっきりとは覚えていませんが、音楽関係
では有名な出版社のものだったと思います。

 

 

 

 

昨日のブログに書きました「ドライ
マンゴー」のような食品の着色や、偽装。

 

そして今日の、わかっていても
何十年も正そうとしない出版社。
嘘のない社会は、絵空事の夢に過ぎなのでしょうか?

 

 

 

ウソのない社会へ

私はそうは思いません。

 

 

 

 

事実をストレートに伝えることは
特別立派な行いではなく、ごく当たり前のこと。
社会での最低限のルールだと私は思っています。

 

私はTVがないため、皆さんと同じような
情報をあまり得てはいないのですが、昨年は
食品偽装の問題が多々あったと聞いています。

 

2014年からは、どうかうそのない社会
に近づきますように……。
(「バッハの思い出」の偽書騒ぎで
今日のブログが長くなってごめんなさい)

 

 

 

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