神前結婚式も明治時代から
「島田裕巳 2017年12月31日
神社に行くと、『二礼二拍手一礼』が
正式な作法と強調されている。
だが、そのやり方は、明治8年の『神社祭式』
で定まったものがもとになっていて、
明治以前には存在しなかった。
明治以前の神仏習合の時代には、
神と仏は同時に祀られていたので、
合掌と拍手の区別はできない」
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「exantia 2018年1月1日
神前結婚式だって、古代から続いてる
ような印象あるが、明治時代に大正天皇
の結婚式のスタイルが始まりです。
天皇制と神社を結びつける必要が
あったんじゃないのかな」
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「はち 2018年1月4日
中央政権のために利用しましたね」
初詣も明治から
「M16A HAYABUSA 2022年1月1日
初詣って実は明治時代に生まれた風習で、
川崎大師が人を呼び込むために始めた
一種のキャンペーンだった。
川崎大師はこのキャンペーンのおかげで
更に栄えることに成功した。
因みに、初詣の原点でもある『恵方詣』
ですら幕末から盛んになった習慣で
意外と歴史が浅いんだよ」
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「Cheol Park 2022年1月2日
コレ、昔、マーケティングを勉強したとき
に最も成功したサンプルとして習いました。
鉄道会社とタイアップして『東海道線に
乗って川崎大師に初詣に行こう!』
『きっと今年は御利益がある』ってキャン
ペーンを打って(しかも電車内広告で)
大当たりして、社会風習にまでなった
という具体的だと」
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「M16A HAYABUSA 2022年1月2日
字数が足りないので…すみません。
因みに伊勢神宮も、近鉄と今風で言ったら
コラボキャンペーンをして、大儲けしたんですよね」
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「Cheol Park 2022年1月2日
川崎大師の成功を見て、直ぐに成田山と
京成電鉄が真似をしたとかも聞きました…ww」
皇室祭祀は明治政府が1878年に考案・新設した
「首相官邸 · 2019年3月21日
『春分の日に当たり、宮中に参内し、春季皇霊祭
の儀、春季神殿祭の儀に参列いたしました』」
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「Shin Hori 2019年3月21日
昨年も書いたけれど、皇室祭祀の春季・秋季の
皇霊祭は古代から存在したわけではなく、
明治政府が1878年に考案・新設したものです。
江戸時代までは仏教の彼岸会(ひがんえ)でした。
明治維新後に皇室から仏教行事が排除されて、
お彼岸の先祖供養を真似た神道祭祀『皇霊祭』を
新たに創作したわけです。
→というわけで、明治維新前からの由来としては、
春分の日は『春季皇霊祭』ではなく『春季彼岸会』
の日なのでした」
明治以降の方が天皇制として特殊
「nagaya 2019年5月3日
上皇は第40代くらいの持統天皇が最初で、現上皇
までの85代のうち60代が上皇になっています。
ちなみにうち仏教的な出家をして法皇になった
のは35代。
何が言いたいかというと、明治以降の方が
天皇制として特殊なんです。
廃仏毀釈、国家神道、一世一元がもたらした
天皇制の変質は近代以降にあるんです」
「伝統」はわずか四半世紀という短い期間でも創られうる
「yunishio 2019年5月3日
『平成天皇と呼んではならない』というデマは、
たぶんネットが普及してから流通しはじめたんだ
ろうと思う。
しかし、このデマの発生源は分からない」
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「久しぶりの浅草 2019年5月3日
これは非常に重要な指摘で、いわゆる『伝統』は
わずか四半世紀という短い期間でも創られうる
ということだ。
私たちは自身が思っている以上に忘れっぽく、
信じやすい」
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「sanpoud 2019年5月3日
新生児の赤ちゃんを『様』付けで報道するように
なったのは、俺の記憶では『愛子様』が初出だ
と思う。
かなり最近の話で、少なくともその親の代はなかった」
平安〜江戸まで日本に天皇と呼ばれた者はいない
「あらかわ 2019年12月19日
『NHK英雄たちの選択』
平安時代の第62代村上天皇の後は冷泉院
と院になっていく。
誰かの戒名みたいに院という時代になり、
900年間、院という時代が続き、江戸時代
の終わりに光格天皇で天皇号が復活する。
そうか、平安時代から江戸時代まで日本に
天皇と呼ばれた者は、いなかったのだ。
これが歴史の真実」
