多重人格 脳内には常に10人の人格が同居

「HARBOR BUSINESS」 2019年9月8日

SE、保育士、塾講師を続けながら社会福祉士を
目指して通信制大学に通っている23歳の男性
haruさんは、解離性同一性障害のほか、性同一
性障害(GID)や発達障害(ADHD)の診断を受
けて障害者手帳3級を保持しています。

haruさんのツイッターネームは
「メンタルなんにんもいる人」で、10人の人格
を持つ多重人格の人です。

精神疾患の診断マニュアル「DSM-5」によれば
解離性同一性障害は、

「意識、記憶、同一性、情動、知覚、身体表象、
運動抑制、行動の正常な統合における破綻およ
びまたは不連続である」

と記載され診断基準は、

「二つまたそれ以上の、他とはっきり区別される
パーソナリティ状態によって特徴付けられた同一
性の破綻」、
「日々の出来事、重要な個人的情報、およびまた
は心的外傷的な出来事の想起についての空白のく
理返しであり、それらは通常の物忘れでは説明が
つかない」など。

haruさんは、エンジニアの両親の元に1996年、女
性として生まれましたが、少2の時に両親が離婚、
その後は母と祖父母の家で暮らしました。
父は少6の時に亡くなっています。

すでに3歳の頃には、「自分ではない人の声」が
聞こえていたといいます。

「20代くらいの男性の声で、『手遊びはやめる時
間だよ』、『先生の話を聞く時間だよ』と大人に
とっての聞き分けのいい子になるよう手取り足取
り教えてくれていました。
みんなそれぞれ、そういう『声』が聞こえている
と思っていました」

性別の違和感も同じ時期に感じていたものの、成
長すれば心も女性になると信じていたといいます。

自分の中にいる「誰か」が姿を現してのは中学に
入ってからで、小学校まではトップだった成績が
中学に入ると下がり始めました。
ストレスが原因とされる起立性調節障害になりま
下が、性別違和や学校生活に馴染めなかったこと
も影響し、不登校に。

中2の頃にはうつ病と診断。
「自分は存在してはいけない人間だと常に思って
いた」

記憶がなくなることは何度かありましたが、交代
人格が顕著に現れ始めたのは中3の頃。
返却された試験の答案には、覚えのない答えが書
いてあり、テストを受けた記憶さえないというこ
とが頻繁に起きました。

中学卒業後は、ズボンも履ける高専を決めました。
数学が必須でしたが、不登校のharuさんの代わり
に「誰か」が知らない間に理系科目の勉強をし、
試験を受け好成績をあげていました。

高専でも順調な成績でしたが、性別違和の苦痛は
次第に耐え難いものになっていたといいます。

病院で性同一性障害の診断を受けた時は、先行き
への不安が大きく、その後、ホルモン治療を開始
し、学校も配慮をしてくれましたが、交代人格が
haruさんの生活を侵食してくるようになります。

親の転勤で東京の高専に転校した3年生から、再び
日常の記憶が曖昧になることが多く、「僕」以外の
人格でいる時間の方が長くなりました。

授業時間に学校ではない場所にいる、保健室や図書
室に逃げ込む自分の姿がスライドのように見え、
「いや、どこだよ」と心の中で突っ込む。

テストは自分より賢い「誰か」が受け成績は問題
なかったが出席日数が不足するようになりました。

担任は、「明らかに、君の意図じゃないよね」と
「誰か」に気づいていて、診断を受けるよう勧め
られ、診断が下れば出席日数の問題は対処できる
とのことでした。

「自分自身もこの病気に偏見がありました。
多重人格なんてフィクションの中の、犯罪者を通
じて描かれるような現象。
でも主治医が、『交代人格は主人格を守るために
いるんだよ』と言ってくれて、受け入れられた。
交代人格は鬱がひどくなったり、『僕』が自死し
そうになった時に助けてくれていた存在なんです」

洋祐 「僕」と同じ年、交代人格のまとめ役。
結衣 16歳。交代人格で唯一の女性。体の性別に沿わ
せようと頑張った時期、彼女を生み出すことで女性と
して生きようとしたのではと。
悠 男性でも女性でもない。うつ病で不登校になった
時に形成されたと思われる。知らない間にリスカさせ
られた。
はると 6歳。詳細は不明。
悟 13歳。中学に入学し、一生懸命適応しようと思っ
ていた頃の人格。
圭一 25歳。学生時代、テストを代わりに受けて成績
を維持していた存在。賢い。
航介 17歳。高専でロボットを作っていた時期にいた
のではと推測。
付(つき) 気が付いた時にいた。深夜に家を飛び出
したりしていた頃の人格。
圭吾 19歳。他の人格から聞くところによると、変な
人に絡まれるなど危ない局面でまとめ役の洋祐が意図
的に出せる唯一の人格。彼以外の人格はあっけにとら
レテいるが、圭吾は逃げたり振り払うことができる。
「僕」が19歳の頃と関係しているかもしれないが、そ
の時何があったか思い出せない。
灯真 年齢がなく、いつからいたか不明。真剣な雰囲気
が苦手な「僕」の代わりに、彼が全部肩代わりしている。

交代人格は明確には名乗らないが、声がはっきりと分か
れているため識別できるという。

「僕はもともと、性への執着が薄いんです。最初はそれ
ぞれ時間の奪い合いだったんですが、倫理や法律を犯さ
ない限りは『僕』が代表でいなければならない理由もな
いなって。そう考えるようになったら徐々に日常に支障
をきたさなくなりました。以前は、やらなければいけな
いことを交代人格がストップさせていたんで。きっと
『僕』からSOSを汲み取っていたんでしょう」

彼らの声は、聴覚ではなく「ラジオだったり、CMの曲が
脳内にこびりついて離れないのと似ている」

「脳内で交代人格の会議が行われていて、『僕』は決定す
るだけの存在。今こうやって話していることも、会議で決
められたことを喋ってる感覚です」

交代人格には「僕」からアクセスすることはできず、「一
度だけ、『今いるのは誰?』と問いかけると返事が返って
きたことがある」ということです。

主人格でいる時も、「彼ら」が後ろにいるのはわかってい
て、主人格以外が表に出ているときは、その光景をぼんや
りと他人事のように俯瞰しているのだそうです。

「全ては脳が覚えているんだろうけど、『僕』にはアクセ
ス権限がないので思い出せないことも多い。言うなれば洋
祐や圭一がアドミンとして記憶を取りまとめていて、『僕』
は一般ユーザーみたいなもの。雰囲気で『僕』を演じている
わけです」

交代人格は決して表には立とうとはせずサポートに徹する。
脳内では最大6人同時に会話していることがあり、そうなる
と話を追えず、外部の音も聞こえなくなります。

それぞれが現れるトリガーは不明だが、食器が割れたり、
怒鳴り声を聞くと13歳の悟が出て、テスト時や頭を使う
事柄は圭一、仕事の際は仕事ができる人間が現れるが、
固定されているわけではありません。
「僕」は1日に2〜3時間出ていれば良い方で、全く出て
こないことも。
「そのときは、誰かがうまいこと僕の演技をしている」

時には兄弟喧嘩のようなことも起きます。

「例えば唯我美容院を月一回のお楽しみとして取って
あるのに、圭一が1000円カットに行ってしまったことが
あったんです。ヘッドスパとか、やりたい髪型があった
結衣は激怒して、ダイソーで100円の帽子を買って被って
いました。すると、灯真が他で1万円の帽子を買ってきた。
結衣からすると、『なぜ私の美容室代5000円は許されない
のに1万円の帽子が許されるのか』とさらに納得がいかない。
金銭の管理は圭一がしていて、灯真は買い物の失敗はしない
から信頼されているというのもありました。そこで喧々囂々
の末、1万円の帽子をかぶり続けることで元を取ろうという
ことになりました。3年くらい被らないといけない計算ですが」

服装も、バリエーションがあると収拾がつかないため白いシャ
ツとズボンを「制服」のようにしています。

「当初は深緑色のシャツだったようですが、脇汗が目立つと
いうことで結衣がそうしました。また、『男性陣』は日焼け
止めに興味ないので、結衣が教育したらしいです」

「以前、結衣がかった嵐のDVDを圭一が売り、結衣が仕返し
で圭一の漫画を売った。そういう工房が絶えずあるので、僕
の部屋はものの増減が激しいんです。『僕』自身は、ものに
執着がないので構わない。身分証や銀行カードがなくならな
ければいいんで」

結衣は圭一を「しょうもないオッサン」とみなし、両者の
意見が合うことはないが、一度だけ合意しました。結衣は
嵐の二宮和也が好きで、二宮になりたい、近づきたいと常
に考えていますが、それに対し圭一が、「二宮と我々の染
色体はほぼ一緒なはずなのに、どうしてこうも違うのか」
というと、結衣が頷いたということです。

「(以前)スマホの連絡先を消してしまったりして、いろん
な人に迷惑をかけました。誰がやったのかわかりませんが、
犯人探しは特にしません。『僕』が他の人格を受け入れな
かったことへの反発だったのかもしれません」

「(時には、恋人と)別れたことは、別人格の様子から
知りました。ただ、知ったからといって再び傷つくこと
はなく、どこか他人事のように見つめている自分がいた。
芸能人が分かれたというニュースを知った時くらいの気
持ちですね」

「僕」を含め誰一人、当事者意識はなく「チームharu」
として、細切れのシフト制で一人の人生を担当している
という意識だといいます。

「この病気の人、全てがそうではないと思いますが……
僕らは当事者意識を手放して、根無し草として生きて
いる感じ。そうしていれば、苦しまないから。同じ生
きるのであれば笑って生きたいし、今の生き方ならそ
れがで切る。ただそれだけのことです」

「(今では、交代人格それぞれにやりたいことが出て
きた)それぞれのことを応援したいと思いますね。そ
して他の人格が僕のためを思ってくれてるなら、僕が
出る時間だけでも僕らしく生きようと思っています」

昨年の春に三つ目の症状である、発達障害の診断が
下りました。
性同一性障害、解離性障害の判断から随分と時間が
かかりましたが、性別違和や乖離とは別の生きづらさ
を感じていたharuさんは、「診断されてようやく人並
みに生活できる気がしている」と言います。

「他人に普通にできることを、僕はできなかったから。
随分と遠回りになりましたが、これで負のサイクルを
抜けられると思いました。散らばった自分のピースを
見つけた気持ちです。解離とは別に思考や感情がほと
走ることがあって、医師によるとそれは解離ではなく、
多動によるものだそうです」

現在は、月に一度の薬物療法をメインに行い、人格統合
のための心理療法は行なっていません。薬物療法をして
症状を落ち着かせ、今の生活を維持していけるよう、鬱
などを軽減させることが解離の症状を減らす方向です。

「僕は鬱がひどくなると解離が激しくなる(記憶欠如の
頻度が高くなる)ので、薬物療法でだいぶ生活が楽にな
っています。それまでは朝起きると死にたくなっていた
けど、『今日も楽しく生きれるかも』という状態に変わ
った」

「(ツイッターをしている人格は、『僕』や他の誰か)
アカウントを通じて、障害としてよりも『僕ら』のことを
知って欲しいと思っています。他の『彼ら』がいうには、
huru担当マネージャーのような気持ちで日常をツイートし
ているようです。それを共感してもらえたら、『彼ら』に
とっても嬉しいことだと思います」

「レンタルなんもしない人」との接触が haruさんを広く
知らしめるきっかけとなりました。レンタルなんもしない
人とは、交通費と飲食代等を負担すればアカウント本人の
「なんもしない人」が「飲み食いと、ごく簡単な受け答え」
をしに出張するという活動を行う人物。

「たまたま、レンタルさんのキャンセル出たとツイート
していたので、フォローはしていなかったんですが、
衝動的にDM送ったんです。人生一回きりだから。送った
のは主人格だったんですが、『僕』以外の人格と話して
くれるんじゃないかなと。全く知らない人だし期待もし
てなかったんですが、『1時間だけお会いしましょう』
と返事が来て。会った時の記憶はありませんが、楽しく
しゃべったようでした。それをレンタルさんがつぶやい
てくれたのをきっかけに、フォロワーが増えたんです」

それを機に、haruさんは「メンタルなんにんもいる人」
として活動を始めました。
ポリシーは「自分の半径3m以内を変える」こと。さま
ざまな生きづらさを抱えたフォロワーが、haruさんに
コンタクトを取って来ました。

会っている途中で記憶が途切れるため、つじつま合わせ
に苦労することもありますが、haruさんは、現時点では
無理に人格統合をしようとは考えていないといいます。

「劇的な革命を起こそうとは思いません。少しだけ、景
色を変えられればと思います。生きることはただでさえ
体力を使うのに、波に逆らうのは大変です。僕を見て、
『こんな人もいるんだな』と、自分ももう少し生きてい
いんだと思ってくれればいい。僕自身は、心に傷を負い、
復活していく通常の道のりを他の人格に任せてきた。そ
れは普通じゃないかもしれませんが、それによって『僕』
という存在が守られてきた。だから、僕だけでも彼らの
ことを認めてやってもいいじゃんと思うと、ずいぶんラク
になりました。症状や治療過程は人それぞれなので僕が
正しいわけではないですが、こういう状態でもとりあえず
前を向いてふわっと生きていることを伝えたいですね」

堪え難い生きづらさに順応した結果が、解離だった。
「僕」と「彼ら」の旅路の終着点はわからないが、
治療を続けながら歩んで生きたいと話しました。

 

 

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