「そういう」を「そうゆう」と書くこと、気になりませんか?

「あぷりのお茶会赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

「い」の方が美しいと思うのですが

今回は、かなり前から非常に気になっていて
私個人としてはちょっと気持ちが悪い表記に
ついて書かせていただきたいと思います。

 

それというのは「そうう」を「そうう」と
「い」を「ゆ」として書くことです。

 

本来は「そういうことです」「そういうふうに」
のように書くところを、「そうゆうことです」
「そうゆうふうに」のように、「いう」の部分を「ゆう」
と書くことなのですが、皆さんは気になりませんか?

 

 

「赤坂サカス」のシンボルツリー「紅枝垂」

 

 

そのような表記をするのがごく少数でしたら、単なる
書き間違えとやり過ごすこともできるのですが、かなり
多くの人がそう表記しているように見受けられます。

 

またこのように、はびこっている(?)様子にも
かかわらず、それについて指摘している人をあまり
みかけることもないのも不思議な感じがします。

 

まあこれは、私がたまたま見ていない
だけかもしれませんが。

 

 

赤坂サカス Bizタワーアネックス1

 

 

 

冗談でしょ?

「いう」を「ゆう」とする表記を最初に見た時
私は筆者がふざけて書いているのだと思いました。
そのようなことは私自身もしていますから。

 

例えば、今日のブログの最初の一行目では
非常に気になり」という言葉を使いましたが、これを
ひじょ〜に気になり」「ヒジョーに気になり」等
の書き方をあえてすることはあります。

 

また「冗談でしょう?」の「う」を抜かして
「冗談でしょ?」にしたり、
「嘘(うそ)」を「ウッソー」と書いてみたり、
「そうなの?」を「そーなのぉ〜?」というように。

 

 

 赤坂サカス さくら坂

 

 

くだけた雰囲気と表現の誇張が漂うような気がする
このような書き方は、多くの人もしていらっいます。

 

ですがあくまでもこれは、あえて何らかの効果を
狙って書いている(というほどのこともありませんが)
のであって、「そーなのぉ」という表記が正しくない
ことは充分承知して書いているはず。

 

ですから「そうゆう」と書かれている文章を見た最初の
頃は、当然のことながら、書いている人はわかっていて
あえて書いているのだろうと思っていたわけです。

 

 


六本木ヒルズ

 

 

 

えっ、マジ?!

ところがそのうちに、そうでは
ないと気づくようになりました。
文章の性質からしても、前後の文を見ても
とてもそうとは思えないものを、度々
目にすることが増えてきたのからです。

 

そのうちこれは真面目にというか、本当に
「そうゆう」が正しい表記と信じて書いて
いるらしいと思うにいたりました。

 

しかも、10代や20代になったばかりの人が
書いているのみならず、それよりははるかに
年上の人さえ「そうゆう」を平然と使って
いることには驚くばかり。

 

 

赤坂サカス・さくら坂の八重桜「普賢象」

 

 

 

実際の発音に近いというのならば……

確かに、実際に話す時は「そういう」の「い」は
「い」ではなく「ゆ」と発音しています。

 

「ですが書く時は『そうゆう』ではなく『そういう』
と書くのです」と、このことに関して書かれている
ものの多くは、このあたりの説明で止まっているよう。

 

でも「そうゆう」が実際の音に合わせた、というの
ならば「い」だけを「ゆ」するのもおかしなことです。

 

「そういう」の発音を忠実に表記するとしたら
「そうゆう」よりも「そおゆう」「そーゆう」
の方がより近いでしょう。
それなのに、なぜ「い」だけを
「ゆ」と書くのでしょうか?

 

 

「国際文化会館」の入り口から見える「六本木ヒルズ」

 

 

 

むしろ、「そうゆう」は発音しづらい

その上、実際に発音をしてみると分かりますが
「そうゆう」は話し言葉としては
かなり言いづらい言葉です。

 

「そういう」も実際に音に出すと言いづらい言葉
ではありますが、「そうゆう」は、「そういう」
に負けず劣らず発音しにくい言葉ですよ。
是非、皆さんも実際に音を出して試してね。

 

ですから「そうゆう」を使う理由が、話し言葉
通りの表記にしているためということだと
したら、とてもおかしなことに思えます。
中途半端感は免れません。

 

 

 「国際文化会館(旧岩崎邸)」六本木
池に浮いているのは桜の花びらです

 

 

 

増えてきていませんか?

このように、文字の表記と実際の音が
違うことは結構あることです。

 

「お父さん(おとうさん)」と書いても、
実際は「おとおさん」と発音していますし、
あるいは「おとーさん」の方が近いかもしれません。

 

「行く」も「ゆく」と言ったりしますが、書き言葉を
全て実際の話し言葉の発音通りに表記しようというこ
とになったならばこれはもうかなり大変化が起きますね。

 

でも、そのような理由ではなく、なぜ「そういう」
のみが「そうゆう」と書くことが多くなっている
のか、本当に不思議です。

 

 

プルデンシャルタワー

 

 

 

しかも最近は「そうゆう」表記が
市民権を得つつあるような気がするほどの
勢いで広まっているようにも思えます。

 

それを目の当たりにして私は、少々
恐れ(!)をなしているというのが実際のところ。

 

などと書いてしまった後に「なぜだ!」と自分に
突っ込んでみたのですが、こう改めて考えてみますと
それは多分「そうゆう」が美しくないからでしょう。

 

でも言葉って、多くの人が使うようになると
勢力を持っちゃうんですよね、残念なことに。

 

どうか皆さん、ここは一致協力して
「そうゆう」をとどめませんか?

 

 

赤坂サカスのお隣の「赤坂パークピル」の桜

 

 

今、最近と書いてしまいましたが調べてみると
すでに2007年に、「『そうゆう』と『そういう』
はどちらが日本語として正しいのか?」
という質問がヤフー知恵袋等にありました。

 

ということは10年以上前から、すでに
かなりの人がそのように表記していたため
疑問に思った人がいたわけです。

 

私も人様のことをとやかくいえるほど
ことば遣いがよいわけでもありませんし
時にはわざと乱暴な言葉を使ったりもします。

 

ですがあくまでもTPOをわきまえて、それなりの
ことば遣いができるようになりたいとは思っています。
少なくとも、大人(20歳以上)は
正しい表記をしたいものです。

 

スポンサードリンク




ミツバチダンス ミツバチの言葉(The Language of Bee)

「あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

曇りの日でも太陽の位置がわかる

ミツバチは、花からミツを採取して巣へ運ぶ
という作業を、一日に何度も繰り返していますが
花をみつけるために、むやみやたらに飛んで
いるわけではありません。

 

ミツバチ同士で、花のある場所を
教えあっているということです。

 

その伝達にはダンスを使っていますが、これは
花の位置を伝えるのみならず、新しく巣を作る
候補地を知らせる時にも使われている方法です。

 

 

 

 

巣に新たに女王バチが誕生すると、今までの
女王バチは半数ほどのミツバチを連れて巣を
出ますが、これを「分峰」といいます。

 

「分峰」をしたミツバチの群れが、一時的に
木の枝などに丸く固まって「蜂球」といわれる
状態になっている時に、新しい巣を作る場所を
偵察に行っているミツバチがいます。

 

目星をつけて戻って来た偵察バチが
候補地の場所を仲間に伝える時も
やはりこのダンスを使うといいます。

 

 

「分峰」をし、一時的に木の枝に
いる蜂の群れ「蜂球」

 

 

 

太陽が目印 それでは曇りの日は?

ダンスをすることで「場所」を伝えるといっても
グーグルマップなどを持っていないミツバチに
教えるには、基本になる目印が必要です。

 

日中に世界のどこでも必ず存在するもの、
それは太陽。

 

 

 

 

となりますと、太陽の出ていない曇りの日は
目標が見えず、ミツバチは迷ってしまうのか
といえばさにあらず、曇りの日でも紫外線は
出ていますので、紫外線をキャッチできる
ミツバチには全く問題はありません。

 

空の一角を見るだけで、ミツバチには
太陽の位置がちゃんとわかります。

 

これは「偏光解析能力」と呼ばれるものですが
昆虫や甲殻類などがもつ、小さな個眼が多く
集まって出来ている複眼の効果でもあります。

 

 

蝶々も複眼をもっています
これはガラスの羽を持つ蝶々といわれる「ツマジロスカシマダラ」

 

 

 

赤い色は見えない?

紫外線を見ることのできるミツバチには、黄、青緑、
青、紫外が区別されることが証明されています。
ということは赤い色は見えないということですね。

 

赤い色の花は多いように思うので、ちょっと
意外な感じもしますが、ミツバチは白や青、
紫色の花を見つけるのが得意だそうです。

 

 

 

 

ミツバチは匂いを、触覚に広く分布する
感覚子(かんかくし)と呼ばれる、体の表面
などにある、小さな器官で識別しています。

 

匂いによって、花の種類さえ他の
ミツバチに伝えることも可能だとか。

 

また味覚に関しては、口と足の
跗節(ふせつ)という先端の節や
その他の触覚にも味覚の受容体があります。

 

 

これはショウガの花ですが
ミツバチには見えるかな?

 

 

 

ミツバチのダンス「言葉」

ミツバチには何色が見えているか?、という
研究をしたのは、カール・フォン・フリッシュ
(Karl von Frisch、1886〜1982)という
オーストリアの動物行動学者です。

 

彼は40余年にもわたる長い間、冒頭のミツバチ
の「言葉」といわれる、ミツバチダンスの
解明に取り組んだ学者でもあります。
その研究により、1973年にはノーベル賞を受賞。

 

置いてある濃厚な砂糖溶液にミツバチが来た後に
同じ巣の多くのミツバチが訪れるのを見たカール・
フォン・フリッシュは、ミツバチたちが、その情報を
伝える手段を持っているに違いないと確信します。

 

 

 

 

そこで彼は、特殊な細工をして、ガラス板越しに
巣の中が見えるミツバチの巣箱を作って設置。

 

すると彼の予想に違わず、豊富な花蜜が
ある場所から巣に戻ったミツバチは、巣板
の上で興奮気味にダンスをしていたのです。

 

観察するうちにミツバチのダンスには
2種類あることがわかりました。

 

 

「円形ダンス」

 

 

 

1 「円形ダンス(円舞)」(Rundtanz)

一つ目のダンスはミツバチが、ただグルグルと
回るだけの「円形ダンス(円舞)」と
いわれるものです。

 

「巣の近くに蜜がいっぱいの花が
あるので集めに行こう」という意味。
これは100メートル以内という
近い距離のみを伝えるダンスです。

 

 

 

2 「8の字ダンス」(Schwanzeltanz)

こちらは、目的の花が100メートル以上、
離れている場所にある場合。

 

「8の字ダンス」の「8」は、「蜂」では
なく、数字の「8」の字を描くように
ミツバチがダンスをすることによる命名です。

 

 

「8の字」ダンス

 

 

「尻振りダンス」ともいわれ、規則正しく
「8」の字を描きますが、その中央の直線部分
に来ると、特に腹部を激しく振動させます。

 

 

ミツバチは15秒間に、何回「8」の字を描くか
という実験をカール・フォン・フリッシュは
していますが、その結果は以下の通り。

 

 

巣から花までの距離 ミツバチが15秒間に踊る回数
_______________________
  100メートル      9〜10回
     1000メートル       4〜5回
     6000メートル       2回

 

 

 

 

というように、巣からの距離が近いと
ダンスの速度は速く、離れれば離れるほど
速度はゆっくりになることがわかりました。

 

次の表は「8の字ダンス」の速度と
花までの距離を表したものです。

 

ミツバチほど賢くない私には正直なところ
もうついていけないという感じもしますが、
15秒の間に何回踊るかをグラフにしているそうです。

 

 

グラフ(「B*topia」)

 

 

15秒間に5回踊ったとすると
「巣から750メートル離れた所に花がある」
という意味だとか。

 

「8の字ダンス」を動画で見ると、ミツバチが
実際にどのようにダンスをしているかがわかり
とても面白いですよ。

 

「あぷりのお茶会」史上(!)初めての
動画をつけてみました。

 

 

 

 

54秒ほどの、短い「8の字ダンスの動画」
ドイツ語ですが、映像を見るだけでわかっちゃい
ますので、解説は必要ないかと。

 

動画を見ますと「8の字ダンス」
の中央の直線部分は、

 

「__  」という感じではなく、「〜〜〜」と
ジグザクとかなり激しく動いているのがわかります。
だから「運動」ではなく、「ダンス」なのですね。

 

 

 

 

 

「8の字ダンス」は方向も示す

ダンスの速度が、巣から花までの距離を
表しているということも驚きますが
次はもっと驚いちゃいますよ。

 

「8の字ダンス」は距離だけではなく
なんと方向も示しているのです。

 

「8の字ダンス」の中央の直線は
花がある方向を示しています。

 

ミツバチが巣板の上で横向きになって(下のように)
ダンスをしていた場合、ダンスの中央の直線は
左を差していますので、そちらが花の方向。

 

 

                太陽

 *                  ↑
              90度     |
                     |
花  ←_____

 

 

その時に、垂直の上の方が太陽のある方向で、
花(左)と太陽(上)の作る角度
(この場合は90度)を示しています。

 

「巣から出て太陽のある方向から
左に90度の所に花がある」
と教えているのです。

 

いくら何でも、これは凄すぎませんか?
私は言葉を失うほどの驚きを覚えました。
ホント、ミツバチってすごい。

 

 

 

 

このダンスの規則を覚えれば、人間が見ても
その意図するところを理解することができ
花のありかがわかるといいます。

 

この実験に付随して、カール・フォン・フリッシュ
の弟子であるリンダウエル(Lindauer)は
「オオミツバチ」「コミツバチ」「トウヨウミツバチ」
のダンスを研究し、ミツバチの種によって、ダンスが
少しずつ異なっていることを発見しました。

 

また、「トウヨウミツバチ」や「セイヨウミツバチ」
の場合は、ダンスを暗い巣の中で行なっている
ことから、現在では、仲間への情報の伝達に際して
音も関与していることがわかっているそうです。
(参照/「SCIENTIFIC AMERICAN」、酒井哲夫)

 

 

 

 

 

決定方法や、合図の出し方は?

このミツバチのダンスは、花の蜜のある場所を
教えるだけではなく、「分峰」をした後、新しい
巣を作る候補地を教える方法でもありました。

 

偵察をしてきた複数のミツバチが
それぞれにダンスをして伝えます。

 

新しい巣の場所を決定するのに、数時間から
数日かかることもあるといいますが、それは
どのように決められるのでしょうか?

 

 

 

 

また「分峰」の合図は働きバチが出しますが
(女王バチは巣別れフェロモンを放出するそう)、
「コロニーの中でどのような位置にある働きバチ」
が「いつ」「どんな方法」でこの合図を出すのか等々。

 

これらの研究をしている方がいらっしゃるのかどうか
わかりませんけれど、ミツバチってもうホント面白
すぎて、次々と興味が湧いてきてしまいますね。

 

スポンサードリンク




ミッフィ(うさこちゃん)の作者 ディック・ブルーナ

「あぷりのお茶会赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

ディック・ブルーナは亡くなってしまったけど

三日前のツイッターのタイムラインを見ている時のこと、
棺に入って眠るミッフィーちゃんの絵が
目に飛び込んできました。

 

嫌な予感がします。
発信していたのはオランダ在住の「Janko Bosch」さん。
絵には次の言葉が添えられていました。

 

「Dick Bruna overleden maar nijntje will live forever!
(ディック ・ ブルーナが亡くなってしまいましたが
ミッフィーは永遠に生き続けます!)」

 

やはり不安は的中してしまいました。
ミッフィー(うさこちゃん)の作者であるオランダ
のグラフィックデザイナー、絵本作家のディック・
ブルーナが、2017年2月16日にオランダ、ユトレヒト
で老衰のために89歳で亡くなったそうです。

 

 

オランダのユトレヒトの信号は「ミッフィーちゃん」

 

 

 

世界中で愛されたうさぎ

ミッフィーのお父さんであるディック・ブルーナ
(Dick  Bruna)は、オランダのユトレヒトで生まれ
89年後に同じ街で亡くなりました。

 

そんなミッフィーちゃんの街の信号は
こんなに可愛い信号です。

 

上の写真は青(緑)信号のミッフィーちゃんですが
もちろん赤信号もミッフィーちゃん。

 

こちらの写真もツイッター「ひるひ」さん
という方からのものです。
ミッフィーちゃんの信号のある
こんな素敵な街で暮らしたいですね。

 

ユトレヒト市で生まれたディック・ブルーナは、60年
にわたる長い制作活動の間に「ミッフィー」シリーズを
はじめとして、120作を越える絵本を刊行しています。

 

 

 

 

ディック・ブルーナの絵本は、世界50カ国以上で
翻訳され、8500万部以上のロングセラーと
文字通り世界中で愛された絵本作者でした。

 

日本では、1964年『ちいさなうさこちゃん』
という題の絵本が出版されて以来、5000万部以上の
絵本が刊行されて「子どもが初めて出会う絵本作家」
として親しまれてきました。

 

我が子だけではなく、全ての子どもを愛し、そして
世界中の子どもたちに愛されたディック・ブルーナ。
その絵の原点には、強い平和への願いがありました。

 

 

 

 

 

冬に湖を泳いで逃げる人

1927年にユトレヒトで生まれたディック・ブルーナは
幼い頃から画集に触れて、油絵を描いている子ども
でしたが、十代の半ばの多感な時期に、第二次
世界大戦を経験することになってしまいます。

 

祖国であるオランダは
ナチス・ドイツに侵攻されました。
戦時下にあったある日のこと、冬の寒さの中
冷たい湖を泳いで逃げるユダヤ人の姿を目撃します。

 

彼は憤りと悲しみを覚えたといいます。
「(この体験が)ぼくの人生を決定づけた
のかもしれません」
とディック・ブルーナは後に語っています。

 

 

 

 

 

父の猛反対の中、画家を志す

1945年、第二次世界大戦終結後、高校を退学して
イギリスとフランスの出版社の研修に出かけます。
出版社を経営する父親の跡を継ぐため
との名目のもとで。

 

しかし、実際は美術館や画廊をまわり、パブロ・
ピカソやアンリ・マティスの自由な作風に影響を
受けて、自らもスケッチに励む日々だったのです。

 

1947年にはオランダに戻り、アーティストに
なることを父親に認めてもらい、アムステルダム
国立美術アカデミーに入学しましたが、
自らの求めているものとの違いから退学。

 

1951年、イレーネとの結婚を機に、父親の経営する
出版社「A.W.ブルーナ&ゾーン」に専属デザイナー
として就職した彼は、これ以降、2000冊を越える
ブックカバーのデザインを手がけることなります。

 

 

 

 

 

1955年、ミッフィーちゃん誕生

1953年、彼の最初の作品である絵本
「de appel(りんごぼうや)」を発表。

 

1955年には、ミッフィーシリーズの
最初の1冊が誕生しました。

 

これはイレーネ夫人との間に恵まれた3人の
子どもの、最初の子にしてあげた
うさぎのお話がもとになっているそうです。

 

 

 

 

日本では「ミッフィー」や「うさこちゃん」と
呼ばれているうさぎのオランダ名は「ナインチェ
(nijntje)」で、これが本の題名。

 

ミッフィーは、オランダでは
「ナインチェ・プラウス」という名前です。

 

その年に、「nijntje(ちいさなうさこちゃん)」
と、「nijntje in de dierentuin(うさこちゃん
とどうぶつえん)」を発表。

 

 

最初の子うさぎ「ナインチェ」

 

 

その時の「うさこちゃん(ナインチェ)」はこんな子です。
今とかなり違っていますが
この子も素朴て可愛いですね。。

 

「ミッフィー(うさこちゃん)」のオランダ名は
「ナインチェ」でしたが、実は、ディック・ブルーナ
という名前も、ブルーナという姓以外は違うそうで、
本名は「ヘンドリック・マフダレヌス・ブルーナ」。

 

「ディック」というのは「太っちょ」という
意味の愛称だそうですが、ブルーナさん、
ちっとも太っていないのに面白いですね。
それとも子どもの頃は、ちょっと太っていたのかな?

 

 

 

 

 

「ブラック・ベア」シリーズ

彼の父の会社であったA.W.ブルーナ&ゾーン社は
老舗の中堅出版社でしたが、第二次世界大戦後は
電車に乗る時にポケットに入るサイズの
ペーパーバックの探偵小説の出版で成功します。

 

それまでの書籍の概念を覆す、ディック・ブルーナ
の描くシンプルで斬新な装丁は人気を博し
年間150冊もの装丁をこなしました。

 

英作家イアン・フレミングの「007」シリーズ
の装丁も彼の作品だそう。

 

同社のキャラクターだった熊に、彼が手を加えた
「ZWARTE BEERTJES」(ブラック・ベア)」は
読書週間用のポスターとして登場し、
1955年には、A.W.ブルーナ&ゾーン社のペーパー
バック「ブラック・ベア」シリーズが生まれました。

 

 

ディック・ブルーナの装丁(写真/「assist on」)

 

 

 

小さな四角形の絵本

1959年には、彼の最初の絵本だった「りんごぼうや」
(1953年)の改訂版が出ることになりましたが
この時に私たちにおなじみの、あの小ぶりの
正方形の絵本スタイルが生まれます。

 

その理由は、この大きさが「子どもの手に取って楽しく
両手におさまるサイズだから」というものですが
まさに納得です、本当に子どものための絵本ですね。

 

また彼の絵本は、全て12場面の構成になっています。
これも幼児が集中できる時間が10分ということから
その時間内に読み切れるページ数ということだそう。

 

 

 

 

1971年に、グラフィックデザイナーのピーター・
ブラッティンガとともに、ディック・ブルーナの
著作物を管理するメルシス社を設立。

 

1975年にA.W.ブルーナ&ゾーン社を退職する
までの20年間、彼は「ブラック・ベア」
シリーズの装丁を続けました。

 

 

 

たった一人でミッフィーちゃんを描き続ける

出版社を辞めて独立した後も、ディック・ブルーナ
は、アシスタントを雇わずに、構想から仕上げまで
たった一人で仕事場で描き続けます。

 

ミッフィーちゃんの絵をよく見ると
黒の輪郭線がちょっとデコボコしていますが
その理由を彼はこう答えています。

 

 

輪郭がちょっとデコボコしているミッフィーちゃん
(写真/「ディック・ブルーナ みみよりフログ」)

 

 

「私の線は、いつも少し震えています。
まるで心臓の鼓動のようでしょう?
震える線は私の個性なのです」と。

 

 

 

2015年 ミッフィー誕生60周年

それからもディック・ブルーナの活躍は
目覚ましく、数々の賞を獲得してゆきました。

 

1983年「オレンジナッソー勲章」
1990年「くまのぽりす」でオランダ書籍宣伝協会
    から「金の絵筆賞」
1993年 オランダのベオトリクス女王からナイト
   (騎士)の称号を受ける
1996年「うさこちゃんのてんと」でオランダ書籍
    宣伝協会から「銀の絵筆賞」受賞

等々ですが、書ききれませんのでこのくらいにしましょう。

 

 

 

 

2006年には、ディック・ブルーナの作品を専門に
展示する美術館「ディック・ブルーナ・ハウス」
(現在は「ミッフィー・ミュージアム」)もオープン。

 

2007年には、次世代に英知をもたらす「Wisdom」
Projectで「世界の70人」に選ばれています。

 

また2013年には、初めての映画「劇場版ミッフィー
どうぶつえんで宝さがし」が公開され、2015年には
ミッフィー誕生60周年を記念する展覧会が
世界各地で開催されました。

 

 

 

 

 

2011年 涙を流すミッフィーちゃん

そして私たち日本人には、決して忘れる
ことのできないことがあります。

 

2011年の東日本大震災の時に、ディック・ブルーナ
が描き起こしてくれたミッフィーちゃんです。

 

当時、唯一このアートの使用を許可されていた会社に
所属していたグラフィックデザイナーのいちかわ
照葉さんは、このアートに添えられていた
ディック・ブルーナの言葉を記してくれています。

 

 

 

 

「このアートのライセンス料(使用料)
は一切いただきません。
これを自由に使って、日本の復興に
役立ててください。」(「日々色々」)

 

私は当時、そのようなディック・ブルーナの言葉は
全く知りませんでしたが、涙を流しているミッフィー
ちゃんを見て、私も涙が溢れたことを思い出します。

 

 

 

 

 

正面を向くミッフィーちゃん

そういえばミッフィーちゃんって、いつも正面を向いて
いますが、これは読者といつも対話していたいという
思いから、登場人物は全て正面を向き、読者と目を
合わせるように設定されているためだそう。

 

「飢餓、貧困、病気から子どもたちを守ろうと訴える
ポスターも描き、東日本大震災では涙を流すうさこ
ちゃんのイラストで日本の子どもたちを励ました。
生涯にかいた絵本の、どの主人公も
まっすぐに読み手である子どもたちを見つめている。
子どもたちを怖がらせるストーリーは一昨もない」
                 (森本俊司)

 

 

 

 

また、ミッフィーちゃんの絵に多い余白について
ディック・ブルーナはこう説明しています。
「多くの余白を子どもたちの
想像力のために残しておいた」と。

 

ミッフィーちゃんの絵の余白を読み取った後に
自分の心の余白にそれを描き込む作業は
私たちに残された仕事なのかもしれませんね。

 

ディック・ブルーナさん、
長い間、本当にありがとうございました!  (・×・)

 

スポンサードリンク