スカイツリー点灯(鹿島本社ビルも点灯)

「あぷりのお茶会」へようこそ!

 

 
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スカイツリー見えなくてごめんなさい。左が鹿島本社ビル。
右のビルからちょっとだけはみ出しているのがスカイツリー
なのですが。。。
鹿島本社ビルの右にうっすら見える,赤いランプが一つ
ついているのが、赤プリです。

 

昨夜パソコンを開くと、スカイツリーが点灯したと
書いてあったので、窓から眺めてみました。
うん、ついてるついてる。

 

昨年アトリエ・あぷりにきた時、富士山も東京タワー
もスカイツリーも見えなくて、ちょっと残念でした。

 

それがしばらくして、あれは、もしかしたら……と、
気づいたのです。

 

ビルの端っこから、半分だけ見えているのが
スカイツリーでした。

 

半分といっても縦に半分で、下は見えないけど
上が見えるという縦に半分ではありません。

 

向かって左半分がビルに隠れて、右半分が見えるのです。
まあ、いってみたらビルからに右半分がはみ出ている
ようなものです。

 

ですから、そうと知っていて見ないとわかりません。
修理で来ていた、二人の人の会話。

 

「ここ、スカイツリーが見えるんだよ」
「えっ、ホント、どこ?」
「あのビルの……」

 

という程度です。

 

スカイツリーの点灯と同じく、昨日から(?)赤坂の
鹿島建設本社ビルも点灯しているようです。

 

このビルは2007年竣工ということで、
私が来た時はまだ建設中でした。

 

始めは何のビルかわからずに、ムクムク大きくなる
あのビルは何だろう、と思っていました。

 

いつ出来上がったのか、というか、出来上がったのか
どうかも知らないのですが。

 

とにかく、昨日からビルの四隅の上から下までの列と、
一番上のライトがついていてきれいです。

 

まだ建物はそのままにある赤プリが暗くなってしまった
方角に今度は鹿島建設本社ビルが光り輝いています。

 

風景って、街って、こんな風に時の流れとともに
変わっていくんですね。

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「Fountain of life」奈良美智——ずっと覚えているよ

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「Fountain of life」奈良美智「
写真/「Kocmoc-954」」

 

 

2001年、横浜美術館での奈良美智展

今から十年前の2001年に、横浜美術館の
奈良美智展に行ったことがありました。
その前年の、2000年12月24日に
知り合った人と一緒に。

 

渋谷のイメージフォーラムという
ミニシアターの2階、「寺山修司」という
名前のついた研究室で出会った人でした。

 

そういえば、奈良美智さんも寺山修司さんも
青森の出身ですね、関係ありませんが。

 

 

椿昇 巨大バッタ「The Insect World」
横浜インターコンチネンタルホテル

 

 

あの横浜美術館の奈良美智展に行って
から、もう11年も経ってしまいました。

 

今、急に思い出したのですが、横浜で
巨大なバッタを見て驚き、ワクワク
楽しかったことがありました。

もしかしたらあのバッタは、奈良美智展
に行く途中で見たのかもしれません。

 

 

奈良美智「怒る NO NUKES 少女」

 

 

 

コーヒーカップの中で泣いている子どもたち 

その展覧会のタイトルは
「I DON’T MIND, IF YOU EORGET ME」
というものでした。

 

私はその中の「Fountain of life」という、
彫刻というか造形物に心を惹かれました。

 

大きなコーヒーカップにいくつも
重なりあった子どもの顔(頭部)。

 

 

 

 

その子たちの閉じられた目蓋からは
あとからあとから、涙がこぼれ落ちている
という、今日の冒頭と最後の写真の作品です。

 

その子どもたちは、私には
男の子のように見えました。
かなり大きな作品で、私の背の高さ
より大きかったと思います。

 

コーヒーカップの中で泣いている子どもと、
見ている側の泣いているインナーチャイルド
が、響きあうのでしょうか?

 

 

 

 

 

奈良美智さんの描く子どもたち

奈良美智といえば、ちょっと怒ったような
上目遣いの子どもの絵が有名です。

 

その子が、時にはナイフを
持っていたりもします。

 

また、紙のように薄っぺらな体の子どもが
前から来る矢のようなものに倒されて、
ペタンと倒れている作品も見たことがあります。

 

そちらは北品川の原美術館で
見た作品だったと思います。

 

 

 

 

そんな子どもたちが、目を閉じて
涙を流し続ける「Fountain of life」。

 

その展覧会に一緒に行った人は、十年前、
それどころかほんの数年前、そのような涙を
そのコーヒーカップに乗っている男の子の
年齢の時に、流したに違いありませんでした。

 

いえ、実際に涙を流せたのならば
まだ幸せだったかもしれません。

それすらできないほど、心を殺して
生きていたのではないかと思います。

 

 

SANYO DIGITAL CAMERA「Fountain of life」奈良美智
(写真/「イタチ族」)

 

 

 

不思議な質問

彼と知り合った最初の頃に
何度も私に言った言葉がありました。

 

何故そんなことを言うのか、
私には不思議で仕方ありませんでしたが。

 

それは、
「僕に会ってよかった?」ということと、
「僕のことを覚えていてね」という二つです。

 

 

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子どものように、甘えて
聞いているのではありません。
まさに子どもそのもの、小さな男の子
本人が真剣に私に聞いていました。

 

 

 

「ずっと、ずっと覚えているよ」

今は彼に会って話をする機会もありま
せんが、私はいつも思っています。

 

「会うことができてよかったよ、本当に」
「そしてずっと、ずっと覚えているよ!」と。

 

 

 

 

2001年の横浜美術館での奈良美智展のタイトル
「I DON’T MIND, IF YOU EORGET ME」ですが
実はこのあとはこう続くそうです。

 

「Because  you  never  forget  me,
and  I  never  forget  you」と。

 

 

nara-2「Fountain of Life」奈良美智2001年
(写真「New York Art」)

 

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営業終了間際の赤プリ泊

「あぷりのお茶会」へようこそ!
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焼肉のタレをプレゼントしてくれたホテルを後にして
次の宿泊施設に移動です。

 

次の日から4泊は、西日本の県の人たちの東京の拠点
として作られたという「東京さぬき倶楽部」に宿泊
しました。

 

ここは、その県の出身者でなくても宿泊できます。
私が関わっているNPOの総会後の親睦会で利用した
ことがありましたが、宿泊は勿論初めて。

 

ネットで調べてみて、料金がとてもリーズナブルな
ことに驚きました。
焼肉のタレホテルの半分ほどです。

 

ですからお部屋はあまり期待できないと思っていまし
たが、広くて窓からの眺めも良くかなり快適でした。

 

ただ一つ、バストイレは部屋についていません。
でもレディースフロアといって、その階は女性専用
だったのでまあ、このくらい我慢しなくてはね。

 

その後は、一泊だけとても低料金なプランがあった
ので(焼肉のタレホテルとほぼ同じ)、赤坂プリンス
ホテルに泊まって今回の家出(!)は終了しました。

 

う~ん、赤プリ、快適!
涙が出そうなくらい……。

 

焼肉のタレホテルの下水臭のあとだけに、
快適さが身にしみます。

 

ゆっくりバスタブに浸かったり、窓から外をぼんやり
と眺めている時は、もう何ともいえない至福の時でした。
(窓からうちが見えたよ)

 

この宿泊の半年後には、赤プリは営業終了が決まって
いるので、この宿泊が最後になると思うとちょっと、
というかかなり残念でした。

 

こんなことがなければ、赤プリに宿泊する機会も
なかったでしょう。
今となっては本当に良かったと思っています。

 

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