根来塗の棗(なつめ) 根来塗の朱漆から覗く黒い色

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ナツメの実の形に似ているから棗(なつめ)

ナツメの実に形が似ていることから名づけられた棗(なつめ)。
これは茶道でお茶を点てる時に、お抹茶を入れるための器です。

 

 

161025natsume              干したナツメ

 

 

茶道でいただくお茶には、濃茶(こいちゃ)と薄茶(うすちゃ)があり
濃茶(こいちゃ)は1杯分に、抹茶を茶杓3杯を使って茶筅で練るよう
に作り、薄茶(うすちゃ)は半分の茶杓1杯半ほどでお茶を点てます。

 

現在の茶道では、濃茶(こいちゃ)を主として、
薄茶(うすちゃ)を副(そえ)、略式と位置づけています。

 

 

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濃茶用の抹茶は「茶入れ」

薄茶(うすちゃ)用の抹茶入れである棗(なつめ)は
木で出来た漆塗りの蓋つきの容器ですが、濃茶(こいちゃ)
の抹茶を入れる容器は陶器でできた茶入れが使われます。

 

こちらがその茶入れで瀬戸焼(せとやき)のもので
各務周海作の『黄瀬戸の茶入れ』。
茶入れの蓋は象牙で出来ています。

 

 

kizetotyaire      濃茶用の抹茶入れ「黄瀬戸茶入れ」各務周海作

 

 

瀬戸焼とは愛知県瀬戸市とその周辺で生産される
陶磁器の総称をいい、日本六古窯の一つでもあります。

 

私たちは普段、和食器のことを何気なくセトモノと呼んでいますが
これは考えてみれば「瀬戸の物」ということで、それほど瀬戸焼は
私たちの日常に深く結びついているということなのですね。

 

瀬戸で焼き物が作られ始めたのは古墳時代で、中世期に釉薬
(ゆうやく)をかけた陶器を作っていたのは瀬戸だけだったとか。

 

 

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仕覆は「荒磯緞子(あらいそどんす)」

右の袋物は茶入れを納める「仕覆(しふく)」。
仕覆(しふく)は中国で織られた名物裂(めいぶつぎれ)と呼ばれる
もので、このパターンの名前は「荒磯緞子(あらいそどんす)。

 

私は「荒磯」と書いて「ありそ」と読むと習いましたが
「ありそ」でも「あらいそ」でもどちらでもよいようです。
とはいえ「あらいそ」と書かれているものが圧倒的に多いよう。

 

描かれているお魚も、ずっ〜と勝手にめでたい鯛だと
思い込んでいたのですが、こちらも違って淡水魚だそう。
う〜っ、思い込みってコワいですね。

 

 

121105natumesiro       サントリー美術館で買った漆塗りでない棗

 

 

 

根来塗(ねごろぬり)

私は陶磁器も好きですが、漆器もこよなく愛していますので
濃茶(こいちゃ)のお茶入れよりも、薄茶(うすちゃ)の
棗(なつめ)の方により心を惹かれます。

 

この写真の棗(なつめ)は、京都の骨董品屋さんで買った
根来塗(ねごろぬり)の棗(なつめ)です。
棗(なつめ)を置いているお盆も、同じく根来塗(ねごろぬり)。

 

 

161025natsumetyaki        根来塗の棗(なつめ)とお盆

 

 

一時期、私は根来塗(ねごろぬり)を集めていたことがあり
茶托や椿皿、鉢等がありましたが、小さな家に越すためにほとんどを
処分してしまい現在手元にあるのはこの2つだけです。

 

 

 

朱の下に黒い色が見えるのは、何故?

さて今日の「『本物』『ニセモノ』」はこの根来塗(ねごろぬり)に
関することではありますが、製品自体が本物か否かではありません。

 

御覧のように根来塗(ねごろぬり)は表面が朱色ですが
ところどころに下に塗ってある黒漆の色も見えるのが特徴ですが
この模様が出る理由について、どの説が本当なのかということです。

 

 

160524kurogomegohan          根来塗(ねごろぬり)のお盆

 

 

 

失敗作品が根来塗の個性に

根来塗(ねごろぬり)の歴史は紀州、現在の和歌山県岩出市の根来寺
で使うお膳や盆などを作っていた1288 (正応元)年まで遡ります。

 

ある時、製造工程のミスから朱色の下に塗ってある
黒い色が見えてしまうものが出来てしまいました。

 

これは本来は失敗作であるはずですが、この怪我の功名ともいえる
独特の模様が美しいと喜ばれたため、それ以降はあえてこのような
色加減の塗物を作り、根来塗(ねごろぬり)と呼ばれるようになります。

 

その後、この根来塗(ねごろぬり)の発祥の地は1586(天正13)年の
豊臣秀吉の根来攻めにより一山灰燼に帰してしまいました。

 

根来塗の職人たちは和歌山の海南黒江や輪島、薩摩へと行き
根来塗の技法を伝えたことから、根来塗が近代漆器の
ルーツともいわれるようになったのです。

 

 

161002urusisakazuki          お盆は輪島塗(杯は忘れました)

 

 

 

使っているうちに黒が出る?

この根来塗(ねごろぬり)独特の色の出方に関して
根来塗の物は使っているうちに、下に塗ってある黒い色が出てくる、
と教えてもらった私は、優に十年以上はそう思い込んでいました。

 

今調べてみましたら、和歌山県のホームページには
それについてこのように記されています。

 

「長の歳月使い込まれれば、上塗りの朱が擦れ、下地の黒漆が
浮き上がり、趣ある抽象模様が描き出される根来塗は、
『用の美』で全国に名の知れた漆器だ。
古美術の世界では、根来といえば高値がつき、
国内はもとより欧米の好事家にも人気だという。」
     (「世界に誇る近代漆器のルーツ『根来塗』」

 

 

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そんなことはない!

ところが、この根来塗の棗(なつめ)を手に入れた京都の
お店だったか、あるいは別のお店だったかは忘れてしまい
ましたが、そのお店の御主人は言ったのです。

 

「そんなことは絶対にない!
いくら使ったって、下の色が出てくるようなことはない」と。
勿論、京都の言葉でしたのでこれは意訳ですが。

 

いわれてみれば、確かにそうだという思いもありました。
十年、二十年と使っても、上に塗られた朱色が剥げて
黒い色が出てきたというような経験は皆無でしたから。

 

すでに購入した時点でアンティークだった(100年か200年か忘れて
しまいましたが)根来塗(ねごろぬり)のものを、それから30年以上
使用していますが、下の黒漆が出ている様子はありません。

 

 

161025natsumetyaki

 

 

どちらが本当?

和歌山県工業技術センター漆器研究開発室の研究員や、根来塗の
作り手に取材をした記事で、間違いを書くとは思えません。

 

とはいえ、少なくとも私の実感では「上塗りの朱が擦れ、
下地の黒漆が浮き上がり」ということはありませんでしたし
そのようなこと書いてある書物もあります。

 

もしかしたら「長い年月使い込まれ」の「長い年月」は
100年以上の長さを指していて、数十年単位では黒い色が
出るというようなことはないのかもしれませんが。

 

ただ私の扱いが悪いことは棚に上げることを許して頂ければ
写真のお盆の方は、黒い色が出る以前に塗り自体が乾燥で
亀裂を起こしたような状態にはなってきています。

 

「長い年月使い込」み、下地の黒漆が浮き上がってくる前に
他に支障が出てしまうのではという余分なことを考えたりもする
のですが、これにかんしてホントはどちらなのでしょうね?

 




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