「わが家のAP通信  〜天使と暮らしたいあなたへ〜」あぷり 7/7

「おやすみ、あぷ」

 

 

 

「おやすみ、あぷ」
2009年11月23日

私はそれまで 天使に会ったことがなかった

だから 初めてあなたに会った時

あなたが天使だとわからなかった……

 

 

 

やっと引越しの準備に

11月20日、私が面会に行くのを待って
いてくれたあぷりは、私の胸に抱かれて
その一生を終えました。

 

2日前に、マンションの処分を業者に連絡をし
面会の翌日には引っ越し先の家を探す予定でした。

 

やっと動き出したところでした。
でも、遅過ぎたのです。

 

 

 

 

7月末の時点で、あぷはもう限界だったのです。
すぐに引っ越すべきでした。

 

引っ越しの難しさに、ズルズルと
先延ばしにしてきたのです。
困難ではあっても、不可能なことではなかったのに。

 

家を処分しても、あぷりの一生を終えるまでの間位
生活していけないことはありませんでした。

 

 

 

 

私は、あぷりがいてくれれば何もいらない
と言いながら、あぷりの苦しみより
自分のことを優先したのです。

 

その結果として、唯一の家族、
生涯の伴侶を失ってしまいました。

 

あぷりだけではありません。
前のうさぎの「ももち」も、騒音の
せいで死なせてしまったのです。

 

 

 

 

 

ミドリガメのたーちゃん

それどころか、その前のミドリガメ
の太郎(たーちゃん)に至っては
私が殺してしまったのです、私自身が。

 

5月の連休中に,ちっちゃな透明のケースに
入った「たーちゃん」がうちに来てくれて
4か月経った時、リビングにいたたーちゃんの
頭を,私のかかとが一瞬踏んでしまいました。

 

暑い夏のお昼頃でした。
強い日差しを避けるためにカーテンをして
クーラーをかけていた部屋。

 

 

 

 

真夏の暑い日に感じたその一瞬の心の冷えを
私は今も忘れることはできません。
きっと,一生忘れることはないでしょう。

 

それからの2か月間,たーちゃんは
ほとんど寝てばかりいました。

 

11月1日に少し元気になって,泳ぐ姿を見せて
くれた時の嬉しさは,言葉にはできません。

 

 

 

 

リビングとキッチンの間のカウンターに
おいてある水槽にたーちゃんはいました。

 

中に置いてあった流木にいたーちゃんは、キッチンの
流しで仕事をしている私に対して「そばに行きたい」
というアピールをしきりにしていました。

 

右手で流木の出っ張った部分をつかみ
左手を思い切り私の方に伸ばしています。
あまりに伸ばしすぎて、体が流木から半分落ちそう。

 

 

 

 

「たーちゃん、そんなことしたらおっこっちゃうよ」
私はたーちゃんのあまりの必死さに驚き
笑いながら言いました。

 

その翌日,たーちゃんは死んでいました。
右手で流木の出っ張った部分をつかみ
左手を思い切り前に出して伸ばした
その形のままで……。

 

映画やドラマで死の直前、想いを寄せる二人が
お互いに触れるために思い切り手をのばす
ような仕草がよくあります。

 

 

 

 

たーちゃんの姿は,その仕草そのものでした。
毎日泣いて暮らす日々が,延々と続きました。

 

自分を死に至らしめた相手の手のひらいに乗りたい
と流木から体が落ちそうになるほど,手を
精一杯伸ばした形のままで死んでいた……、
この事実が私を打ちのめしました。

 

ちょうどその頃,フランスが核実験を他の国
で行ったというニュースが流れていました。

 

 

 

 

他の国で核実験をして自国を守る、というのが
万物の霊長である人間の「英知」であるならば
私は自分に死をもたらした相手を宥し、なおも
求める、その「愚かさ」に与したいと思いました。

 

その尊さに、優しさに、決して消える
ことのない悔いに、悲しみに……、
私は立ち直ることができませんでした。

 

もう一度「私のもとに,必ず来て欲しい」
それだけを強く、強く、願いました。

 

 

 

 

 

ももちは私のナイト

それから私は、うさぎのももちと暮らし
次にあぷりを迎えました。

 

ももちはパンダウサギの雑種で、あぷりより
小さい1キロちょっとの男の子でした。

 

しかし凛々し系(?)で、私を守るナイト
(騎士)を自認しているかのような
うさぎでもありました。

 

その後に来てくれたあぷりは、ももち
とは対照的に最後まで甘えん坊さん。

 

11月3日が命日の「たーちゃん」と、
1月13日が誕生日の「あぷり」です。

 

 

 

 

 

出会った時の「笑顔」

そんなあぷりに出会ったのは,こうさぎが
揃ったとの知らせを聞いてペットショップに
行った夕暮れ時のことでした。

 

うさぎたちが順番にケージから出して
もらって遊ぶ時間だったようです。
私が行った時が,ちょうどあぷりの番でした。

 

ケージの外に出られて喜んでいるあぷりは
ビンキーをしながらくるっと振り返って
「笑顔」で私を見たのです。

 

 

 

 

うちにきてからのあぷりは、とにかく
私のそばにいたがるうさぎでした。

 

私が、朝起きてあぷりの部屋へ行くと、
「ギィーッ」と,叫ぶような甘えた声を
出しながら私の元に走ってきます。

 

そして、正座をした私の膝の上に
飛びつくように抱きついてくるのです。

 

 

 

 

 

ダッキー大好き

あぷりは自分の上半身を,私の膝の上あたりに
乗せたまま抱きつき、私は両手であぷりの体を
包むように支えながらナデナデをします。

 

一歳になるくらいまでは毎日、これを
長時間していて、朝は短くても1時間、
2時間以上することも当たり前でした。

 

私はこれを「ダッキー」と呼んで、でたらめな歌
を歌っているうちに出来た「あぷりのテーマ」
をエンドレスで歌いながらナデナデをしました。

 

 

 

 

夏はクーラーをつけていても、ありぷのお腹と
私の膝の上あたりが、汗でベトベトになります。

 

それでもあぷりは平気で、ダッキーを
しながらすやすや眠っていました。

 

初めは,あぷりの上半身は私の足の上に
乗っているものの、寝てしまうとあぷりの
頭がだんだん後ろに反ってきます。

 

 

 

 

 

きちんと抱っこしていて!

おんぶをしている赤ちゃんの頭が、ガクッ
となるように、あぷりの頭が後ろに
倒れそうになってしまいます。

 

私は手でそっとあぷりの頭を支えてあげました。
まさに愛しさの塊でした。

 

その間、私は本や新聞を呼んでいるのですが
ページをめくろうとして片手を離すと
あぷりは嫌がります。

 

私が片手を離すたびに、離した方の
私の手を振り返って見ながら
「手を離しちゃだめ!」という仕草をします。

 

 

 

 

私は「いいじゃない,少しくらい離したって……」
と、少しだけ口をとがらせながら言ったものでした。

 

あぷりが2年前に卵巣がんになった時など
朝といわず、昼といわず、夜といわず……
一日中、私が床に座ると
たちまちダッキーをしにきました。

 

身体の具合が悪くて不安だったのでしょう。
それは手術の日の朝まで続きましたが
手術後は傷口の関係か一切しなくなりました。

 

 

 

 

 

キャリーバックは絶対イヤ!

あぷりはキャリアーバックが大嫌いでした。
前のうさぎのももちも嫌いでしたが
一旦入った後は、大人しく座っていたものです。

 

ところがあぷりは、嫌いという言葉では
表現できないほどの激しい拒否反応。

 

単なるわがままなのか否かを見極めることは
とても難しいことですが、私はもっともっと
わがままを聞いてあげるべきでした。

 

 

 

 

うちにいた子たちで、そこまで嫌がった子は
いなかったのですから、もっと深く考えて
察してあげることが本当の愛情だったでしょう。

 

あぷりは全身全霊で拒否するものの病院には
行かなくてはならないので私も必死。
「詰める」という感じで入れます。

 

ハサミで切ろうとしても難しいほど頑丈な
素材を諦めることなく齧り続けたあぷりは
キャリーバッグを壊しました。

 

 

 

 

 

しつけという名の虐待だったのかも

木や布などをほとんど齧らないあぷりの
綺麗だった歯を痛めてしまったのは
この時だったのです。

 

キャリーに入れた日は「おとなしくなる」という
よりは「虚脱、脱力」という感じでぐったりして
いました。

 

それが家に帰ってから数時間も続くのです。
あぷりは、これも私と同様に
揺れにも弱かったのかもしれません。

 

 

 

 

 

あぷちゃんの舟

仕方なく私は、バスタオルにファスナーをつけ
キャリーバック風に作り「あぷちゃんの舟」と
名づけたもので病院に通うことにしました。

 

この時も、あぷりの顔が私の胸位の高さではダメで
私の頬あたりでないとと必死でよじ登ろうとします。
これですと人が驚くほど長時間大人いのです。

 

以前、近くの病院の待合室でキャリーバックから
出してはいけないので、ファスナーを開けあぷりの
前の両脚(手?)と私の両手をつないでいました。

 

 

 

 

本当はファスナーを閉めていなくてはいけなかった
のですが、こうしないとあぷりはダメだったので
私は、仕方なく苦肉の策という感じでしたのです。

 

するとその時、夏休みで女の子2人と両親できて
いたお父さんが、びっくりした顔で言いました。
「何年たつと、そんなに慣れるのですか!?」と。

 

内心、困ったもんだと思っていた私は、思いもかけ
ない方向の質問に、何と答えたかは忘れましたが
顔と顔がついていたり、向き合って手を繋いでいたり
すれば何時間でもあぷりは大人しくしていたのです。

 

 

 

 

あぷちゃんの舟に入ったあぷりと私は
往復3時間弱の荻窪の鍼灸院と、4時間
以上の藤沢の獣医さんに通いました。

 

特に具合の悪い時は体への負担が心配でしたが
それでもあぷりを抱いての通院は楽しく
今ではかけがえのない素晴らしい思い出です。

 

入院時も、毎日、あるいは一日おきに面会に行って
いたのですが、最後の2回の入院では、騒音対策と
それが無理だとわかってからは引越しの準備のため
ほとんど行ってあげることができませんでした。

 

 

 

 

どんなに急いでも退院までに引越しが間に合わない
ので、それまでウィークリーマンションでと思って
いた11月20日のお昼頃、あぷりの面会に行きました。

 

いつものK先生は学会でお出かけで、代わりにY先生
が担当して下さいましたが、2階の入院室に行く途中
あぷりの状態がかなり悪いことを告げられました。

 

薬を与えても頭の揺れと眼振が
おさまらないとのこと。

 

 

 

 

あぷりはもう、いつものように座ることも
できずに、前と後ろの全ての脚をダラッ〜と
伸ばし、苦しそうにしていました。

 

私が来たのをわかったあぷりは、動けないながら
必死で私のそばに来ようと右の肩と右の前脚、左の肩
と左の前脚をさざ波のように交互に動かしました。

 

ですがあぷりは、もう1ミリも進むことはできないのです。
歩くことも、立つことも。

 

 

 

 

先生は酸素室の左右の窓を開けて、
「ここから撫でてあげてください」
とおっしゃいました。

 

私が「先生、抱っこされたがっています!」
とお願いすると、扉を開けてあぷりを
出して抱かせて下さいました。

 

見た瞬間から、もう長くないことがわかりました。
涙が静かに流れました。
あぷりが愛おしくて愛おしくて、申し訳なくて……。

 

 

 

 

 

もう、最期なんだね……

「お母さんが来たので、眼振も止まりましたね」
先生は左目、右目と確認しながらおっしゃいました。

 

「もう、今日中だと思いますので、病院ではなく
お家に帰られた方がいいと思うのですが、
おうちはには……」

 

「うちへは帰れませんので、ホテルに行きます」
あぷりを連れて行ってどのようにしたらよいかを教えて
もらい、しばらくこのまま抱かせてもらうことにしました。

 

 

 

 

それからさほどの時が経たないうちに
あぷりは息を引き取りました。

 

頭を深く下げてあぷりと私を見送って下さった
Y先生が泣いていらしたことに、私の気持ちを
言い尽くせる感謝の言葉は見つかりません。

 

なぜ、一昨日には家の処分の動きを始めたのに、
また明日はあぷと静かに暮らせるお家を探しにいく
予定だったのに、逝ってしまったののでしょうか。

 

私が行動を起こすのが遅すぎたことは
充分反省しながらも、残念でなりません。

 

 

 

 

 

身代わり

前のうさぎのももちも、あぷりも、騒音で
体を壊しているということは、私の体にとっても
良くないのでは、と多くの方にも指摘されました。

 

何より、私自身が一番感じていたのですが。
ももちとあぷりが、身をもって、命をかけて知らせ
てくれているのです、洞窟のカナリヤのように。

 

そして、やっと、本当にやっと私が動き出したのを見て
あぷりは安心して逝くことが出来たのかもしれません。

 

 

 

 

 

防音ルームではなく

あぷりの死の前日はペットの防音ルームを、表参道
にあるショールームに見に行ったところでした。

 

そして帰りに寄ったクレヨンハウスで思いがけなく
敬愛する方に会うことができ「あなたにあげたかったの」
とおっしゃって素敵な絵本を下さったのです。

 

18日 水 家の処分の動きを始める

19日 木 あぷの防音ルームを見に行く
    「おやすみ、ぼく」の絵本をいただく

20日 金 あぷ息を引きとる

21日 土 家探しの予定(あぷの死により延期)

22日 日 ももちの祥月命日忌  あぷ火葬

 

 

 

 

 

眠りに入るあぷりに

19日に防音ルームを見に行きましたが、もうその時の
あぷりは、防音ルームより安らかな眠りに入る時に
かけてあげる言葉の方が必要だったのでしょう。

 

そして、まさにそれをいただいたのです。
「母に読んであげたかった絵本なの」と
おっしゃりながら手渡してくださった本は、

 

赤ちゃんオラウータンが、自分の「あしさん」や
「みみさん」に「ありがとう」「おやすみ」の言葉を
優しくかけた後に、優しい眠りにつく絵本でした。

 

 

 

 

「おやすみ、ぼく (Good Night, Me)」
アンドリュー・ダッド/文   エマ・クエイ/絵
落合恵子/訳  クレヨンハウス/刊  2009年

 

表紙の裏に落合恵子さんはこんな風に書いています。

「おやすみ、ぼく」
「おやすみ、ぼく」
 眠たい子も もう眠ってしまった子も
 まだ眠くない子も まだまだ眠れない子も
 今夜 あなたが みる夢が
 おだやかで しずかな夢でありますように!(略)                 」

 

 

 

 

 

「おやすみ、あぷ」

おやすみ、あぷ。
ありがとう、あぷ!
本当にごめんね。

 

あぷりと暮らせて信じられないくらい幸せだったよ。
あぷりがいないなら引っ越しをしなくてもいいかなあ。

 

と思ってしまいますが、そうしたら命をかけて伝え
てくれた、ももちとあぷりに申し訳ありませんよね。
ちゃんと引っ越そうと思っています。

 

あぷり、ゆっくりやすんでくださいね。
もう、音に苦しめられることはありませんから。

 

そして安らかな眠りで充分な休息をとった後、
優しい朝が訪れて、再び目覚めたら……
あぷ また会おうね、きっと!

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

コメント

plopp
2009年11月26日 8:14 AM 編集
途中まで頑張って泣かないよう
読んだのですがやっぱりダメです。
もう、たーちゃんの所から先、

 

 あぷり
 2009年11月27日 5:07 AM 編集
 フロスティのploppさんの可愛さに目が止まり、
 あぷと同じ頃に病気をしていると知って、
 思わずお話をせずにはいられませんでした。
 そうしたら……

 

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「わが家のAP通信  〜天使と暮らしたいあなたへ〜」あぷり 6/7

「求む! おうち情報!」

 

 

 

物件情報を教えてくださいね

「当方6歳10ヶ月のホーロンドロップの女の子。
劣悪な住環境のため、入退院を繰り返しています。

 

5日前に、今年4度目の退院をしましたが、
家に着くなり頭の揺れと眼振が始まり、涙や
ヨダレが出て食事がとれなくなってしまいました。
昨日から、また病院にいます。

 

おすすめ物件情報を御存知の方、
是非是非、教えてくださいませ。
なお、引っ越しの際はナニーを
一人連れて行くつもりでおります。  あぷり」

 

 

 

 

あぷりはこんな風に思っているのではないでしょうか?
10月27日に鍼灸医院へ治療に行って
そのまま入院になり、11月1日に退院。

 

11月6日に獣医さんに診ていただき、
こちらもそのまま入院して12日に退院。
そして、昨日11月16日、入院。

 

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6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

(ピンク色が入院中)

 

 

 

 

 

携帯基地局の工事が都合3度も

ここ数ヶ月のうちに、あぷりと私の住むマンション
で4件(店舗2件、住居2件)の工事がありました。
運の悪いことに、この全てがうちのごく近く。

 

その上、4か月かかった携帯会社の基地局増設工事
もありましたが、この携帯会社は2,3年前にも同様の
工事をしていたのですが、また増設したもようです。

 

しかもその数年前には、他の携帯会社の基地局
工事もあり、うちのマンションはアンテナだらけ。
その工事の度に、あぷりは頭が揺れて眼振が起き
食欲がなくなって入院、を繰り返しています。

 

 

 

 

 

その他にも

また工事とは別に、うち個人の騒音問題があります。
以前に書いた、隣のキックボクシングジムの音と
お隣の犬の鳴き声とそれに付随する音です。

 

そしてもう一種類、かなり頭を抱えているのが
建物を伝わってくるモーター音ですが
一つは、階下の医院の室外機の音。

 

もう一つが問題で、うちに隣接して
いない飲食店の換気扇のモーター音が
伝わってくることでした。

 

 

 

 

 

どこからの音かわからない

隣とか上下という近い位置関係ではないので
最初はどこからの音なのか全くわからなかった
のですが、何度も確かめてやっと判明。

 

と書きましたが、そう思ったのは私だけで
今回、対策をお願いした全ての人は
「構造上あり得ない」と信じてくれません。

 

管理人さん、管理会社の営繕部の人、
マンションの管理組合の理事等、
最初は全くとりあってくれませんでした。

 

 

 

 

 

ウツじゃないんですか?

しかし懸命に説明して、やっと先ほど管理人と
管理組合理事長に聞いてもらいましたが、騒音
対策をするほどの大きさではないというのが結論。

 

音楽をかけたり、テレビを大きめにつけたり、イヤホン
をして寝たり……と、もっと楽しく暮らす方法を考え
た方がいい、というのが管理組合理事長の意見です。

 

マンションはペット禁止ですが、管理人さんは
入院中のあぷりの存在を知っています。
知らない管理組合理事長には「こんな小さい音を
気にするとはウツなのでは?」と言われる始末。

 

 

 

 

 

年中無休で深夜まで

このモーター音は、うさぎにとっては人間以上に
辛いものに違いありませんが、人間にとっても
耳につく耐えられない音です。

 

確かに音量はそれほどではありませんが
もし仮に、これが工事音の大きさであった
ならば、一日で心身に変調をきたすでしょう。

 

かれこれ、この音が4,5年も続いています。
朝は9時過ぎから2時頃まで、夕方5時位から
始まり、終わるのは早くて12時、遅い日は
夜中の3時を過ぎることも珍しくありません

 

先週の金・土・日の終了時間は3時半・2時半・
1時過ぎでしたし、しかも、このお店は無休。

 

 

 

 

11月1日のあぷりの退院時は
幸い工事は終わっていました。

 

それでもこのモーター音が始まると
あぷりは頭が揺れて眼振が始まり
ご飯を食べなくなってしまうのです。

 

前回、12日の退院後も同様でした。
音がおさまる夜中の2時3時には、ホッとした
ような様子を見せますが、残念ながらそこから
もりもり食べ始めるということはありません。

 

 

 

 

 

「里子に出した方が、幸せかも……」

昨日、あぷりを病院に連れて行く地下鉄
の中で隣の方に声をかけられました。
捨て猫を何匹も飼っていらっしゃるということでした。

 

その方があぷりの状態を聞いた後に
こうおっしゃったのです。

 

「いい人に里子に出した方が
この子の幸せかもしれませんね」と。

 

 

 

 

 

ありえない! ありえない!! ありえない!!!

思いもしない方向に行ってしまった話に戸惑いながら
私は「それは、出来ない……です」と答えました。

 

「それはそうだと思うけど……この子もお母さん
と離れたくないし、あなたもでしょうけど……、
結局はその方が、この子のためですよ」

 

それはそうなのかもしれません。
しかも彼女の言葉が、ちょっと都合が悪くなったから
誰かにあげてしまう、という命をモノ扱いするような
考え方からのものでないのはわかっています。

 

 

 

 

体の具合が悪くて捨てられていた猫を連れてきて
大切に育てている方なのですから……。

 

最初の飼い主でなくても、充分愛情を持って
育てる人はいるし、中には人間不信だった猫たちも
いたが、接しているうちに必ず心を開いてくれる、
ともおっしゃっていました。

 

そうですよね、その方があぷは苦しまないですよね。
それはわかります……。

でも、嫌だ! 嫌だ!! 嫌だ!!!
……私はエゴイストなのでしょうか。

 

 

 

 

 

「引っ越し」しかないな〜

引越しまでは、ペットの防音室を
試してみようと思っていました。

 

ところが、買う予定だった防音室の欠点として
換気のためについているモーター音が非常に
うるさいことがレビューにでていてガックリ。

 

ケージに自分からは入ったことはなく、
扉を閉めればかじり続け、キャリーは大嫌い、
冬の暖房のために部屋のドアを閉めるのさえ
嫌がるあぷりが、防音室に入れるのでしょうか?

 

 

 

 

 

突然、抱きつき泣き出すあぷり

11月1日の夜、鍼灸医院から退院した後に、あぷりに
お灸をした時に、灰を耳に落としてしまいました。

 

膝に乗せてとっていると、あぷりは突然自分から
体をくるっと回して、私の胸に抱きつき
シュウシュウシュウ……、と泣き出したのです。

 

まるで、人間が泣くようにです。
本当は「鳴く」と書くのでしょうが、それはまさに
「泣く」という以外のなにものでもありませんでした。

 

決して擬人化をし過ぎているのではありません。
こんなことは初めて……。

 

 

 

 

 

うさぎって、こんなふうになくものなの!?

前のうさぎもこのような声でないたことはありませんし
それ以前に一緒に暮らした動物のどの子も、こんな
なき方や、しぐさをしたことはありませんでした。

 

だいたい、うさぎって、こんなふうになくもの?
目の前で起こっていることが信じられないような思い。

 

私は驚きながらも、あぷりが何かを
訴えていることだけはわかりました。
それが何なのかは、残念ながら
わかってあげられないのですが。

 

 

このようにではなく、私の膝の上に乗り
胸にすがりつくようにして泣いたのです

 

 

 

泣き止まないあぷり

「そうかそうか、淋しかったよね?」
「一緒に入院していた犬が怖かったの?」

 

あるいは「もう、このおうちは嫌だよ〜」
と訴えているのでしょうか?

 

あぷりの心を包める言葉を探しながら
私はあぷりを抱いていました。
しばらくの間、あぷりはなきやみませんでした。

 

 

 

 

 

抱っこをしてクウクウとなく

11月12日の退院後、うちに着くなり
普段はぺろぺろと舐めないあぷりが
私の手をなめ始めました。

 

そして、いつもは嫌いな抱っこをしてほしがり
延べ2,3時間は抱いていたでしょうか。

 

この日は前の時のようにはなかずに、うさぎ
らしく(?)クウクウと言っていただけでした。

 

 

 

 

 

ピアノも処分するよ

あぷり、ホントに引っ越したいね。
以前、鍼灸の先生に
「引っ越しのお荷物になるピアノを処分したら?」
と言われたことがありました。

 

その時は「それはありえません!」
という言葉が思わず口をつきましたが
今は処分する決心もつきました。

 

あぷり、引っ越したいね。
あぷり、引っ越そうね!

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

コメント

plopp
2009年11月18日 3:38 AM 編集
読んでいたら目から汁が…あぷさん、寂しかったよね。
大好きなしのぶさんと離れているのは寂しいよね。

 

 あぷり
 2009年11月18日 4:22 AM 編集
 みぎぃさん、は、はやすぎる!
 書いた後にブックマークしていた防音室を
 買おうと思ってダメだったので、ブログを
 直そうと思ってみたら……らら、らら、らら。
 ploppさん、ありがと……

 

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「わが家のAP通信  〜天使と暮らしたいあなたへ〜」あぷり 4/7

入院とプレゼント

 

 

 

入院

前回の記事の2日後の5月18日に
診察をしていただいたあぷりは
そのまま入院になってしまいました。

 

肝臓が悪くなっていたことと
うちでは強制給餌がもう無理な状態
になっていたからです。

 

入院と聞き、ショックを受けたのは
事実でしたが、あぷりの体のためには
その方が良いことは歴然でした。

 

 

 

 

 

鼻からのチューブで強制給餌

私の強制給餌が下手なせいで
口角は切れ、顎の下から首まで毛が抜け
赤く腫れてしまっていたからです。

 

入院してからも食事を一切受け付けず、鼻から
のチューブで入れるしかありませんでした。

 

初めて面会に行った時に、酸素室の扉の前で
生気なくこちらを向いて座っているあぷりの
鼻から背中にかけてついていたチューブが
痛々しく見えたことを覚えています。

 

 

 

 

 

拗ねるあぷり

次に面会に行った時のことです。
前回のように座っていたあぷりが、私を見ると
酸素室の後ろまで歩いて行き、そのままお尻を
向けて座ってしまったのです。

 

でも、顔はちょっと斜めにして私を見ているよう。
拗ねているんだな、と思った私はあぷりを酸素室
から出して、家から持って行ったタオルにのせて
抱っこをしました。

 

一時間半位いたのですが、あっという間です。
帰る時に先生から「土曜日から一時帰宅をして、
やはり食べられなければ、月曜日にまた入院を
しましょう」とのお話がありました。

 

お母さんべったりのあぷりが一人で病院にいて
「もう、いいや」と生きる意欲がなくなって
しまわないようにとお考えになったようです。

 

 

 

 

 

鼻からのチューブも限界

現在している鼻からののチューブも、
炎症が起きてしまうのでそろそろ限界。

 

月曜に入院するとしたら、首から入れるしかなく
これは犬などでは大丈夫らしいのですが
うさぎでは難しいということでした。

 

連れて帰れることは何より嬉しいのですが、
入院前と病院での様子を見ていると、家に帰って
食欲が戻るとは正直なところ思えませんでした。

 

 

 

 

 

一時帰宅

それでも二日間は「薬も強制給餌も、何も
しないでください」と言われていました。

 

そんな不安を抱えながらの一時帰宅でしたが
土曜日こそのペレットを2gしか食べられません
でしたが、日曜、月曜と増えていき、家で
しばらく様子を見られることになったのです。

 

今回も家に帰って、最初に食べ始めた
のは、やはり竹輪だったのですが
その後は枝豆とサクランボになりました。

 

竹輪ブームは去り、枝豆・サクランボ期突入です。
サクランボもアメリカンチェリーではなく
日本のものが好みのよう。
う〜ん、違いがわかるんですね。

 

 

 

 

月曜から三日間はいつも以上に食べられたものの
その後はまた減る、というようにむらがあり
心配な状態はまだ続いています。

 

それでも点滴をしに病院に行ったり
あるいは鍼灸の病院に通いながら
少しずつでもよくなればと思っています。

 

家に帰って来た直後は、肝臓の悪化のためEzの
お薬を飲めないので、前脚が横に広がっていました。
食事もトイレも、ただ座っているのも大変そう。

 

 

 

 

 

お灸で病状が改善

寝室にずっといて、深夜になって出て来る
あぷりに、夜中の1時位から3時、4時までの
お灸タイムが3日ほど続いた時のことです。

 

前脚の広がりが随分改善されたように見えます。
棒灸をして1時間ほど経った時、自分の部屋から出て
廊下を通り、リビングまで行って帰ってきました。

 

その後また1時間ほど棒灸をすると、今度は
ここ2ヶ月ほど歩くことが出来なかった
リビングに接している畳の部屋に行きました。

 

 

 

 

 

「畳も歩けるよ!」

まるで私に「(畳も)歩けるよ」と見せるかのように
走って行ったのは、明け方の4時過ぎだったと思います。

 

帰って来た土曜日の夜、あぷりにお灸をしている時に
今まで感じたことのなかった幸せを感じました。

 

こんな風にお灸をしながら、二人で静かに
時間を過ごせるとは、なんと幸せなのだろう…..。
至福の時。

 

 

 

 

 

別の景色

そういえば、18日に入院が決まり
あぷりを置いて一人で帰った時のことです。

 

病院のある街は、病院を訪れるために初めて
行った場所でしたが、街も電車も駅も、私には
とてもなつかしく、美しく輝いて見えました。

 

ですが、あぷりを連れずに初めて一人で帰った時
は、もちろん美しく素敵な街ではありましたが
ごく普通の素敵な街であり、駅だったのです。

 

 

 

 

あぷりを連れているのは嬉しくもありますが
やはり気を遣って大変な部分もあります、と
実は思っていたのですが、違いました。

 

大変ではありませんでした。
あぷりと一緒の空間や時間、特別なものに
変わっていたのです。

 

以前、「大草原の小さな家」というNHKのドラマで
「君がいなければ海はただの大きな水溜りだよ」と
いう意味のセリフがありましたが、まさにそう。

 

あぷりと一緒にいると、家々も道も電車も、
乗り換えの駅さえもが、特別なものになって
いたことに、初めて気づかされました。

 

 

 

 

 

プレゼント

そして今回、あぷりの具合が悪くなったことを
知った沢山の方が私を支えてくださいました。
これもまた、あぷりが私にくれたプレゼントですね。

 

何よりこのブログを書くきっかけと、
いっぱいの優しいコメントを下さる「みぎぃさん」

 

同じく去年から続けて心配をしてくださっている
フィギュア作家の「院長さん」

 

あぷりの具合が悪くなり、仕事の前の晩になって
断りの電話をしたにもかかわらず、許して下さり
心から優しい言葉をかけてくださった「Oさん」

 

 

 

 

病院で一度会っただけなのに、あぷり用の
土をプレゼントしてくれ、激励のメールを
度々下さるの「シュウママさん」

 

シュウママさんの紹介でお目にかかったこと
さえないのに、具合が悪くなった時は夜中でも
電話を、と言ってくださった「くう姫さん」

 

メールで楽しいお話を聞かせてくださる
「チップちゃんのママさん」……

 

 

 

 

 

先生と皆様に、心から感謝!

先生方はもとより、みなさんが通り一遍の
お見舞いではなく、本当に心のこもった激励をして
下さったことは、決して忘れることは出来ません。

 

ただただ、ありがたく思います。
おかげさまであぷりの元気という、
最大のプレゼントが届きました。

 

まだ食欲も本調子ではありませんし、
Ezに脳機能の疾患、肝臓の悪化に度々の血尿等、
道のりはかなり遠いというところです。

 

ですが一進一退、時には一進二退でも
ゆっくりゆっくりよくなっていけたら
いいなぁと思っています。
みなさま、ありがとうございます!

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

コメント

 

plopp
2009年6月5日 9:58 AM 編集
しのぶさん…何より文章がうますぎます。
なんて胸に響く文章を書かれるんでしょう

 

 あぷり
 2009年6月5日 7:53 PM 編集
 みぎぃさん、そんなそんな……
 ありがとうございます。
 言われなれないことを言われておだてられ
 たら、木に登っちゃいますよ、ブーブー……

 

 

 

 

plopp
2009年6月9日 8:48 AM 編集
確か以前文章を書く為だけのパソコンか何かを
お持ちだとお聞きして、その方面のお仕事を
されているのかと!?
本当に読みやすくて、でも読みやすい
だけじゃないんですよ!

しのぶさん、優しいなぁ~。あれ?ホント?
私もためしにURLを検索してみましたが、
出てきましたよ!
あと、aprisugerでも出てきます。3番目に出てますよ!

タンポポ、ダメでしたかぁ~
やっぱり食べる食べない、あるんですよねぇ。
そして、今回は以前食べなかった物も
食べてるんですね!?
そういや、うちのも、以前はフルーツ類は
一切食べなかったのにいつの間にやら
食べるようになってるんですよ。

おぉ、なるほど、そういう内臓部位による
食生活の変化があるんですね?

枝豆がお気に入りになってますか!
あ、でも、ペレットの食べる量も増えて良かったです。
体重も少しずつ戻ってますか?

シアトル、結構暑くなりますよ!
こないだ暑かった時は30℃以上で、うちは西日の
時間は多分34度位にはなっていたかもしれません。
でも、ここの所、また涼しくて
過ごしやすくなっています。ひぃ〜助かる!
暑いと本当にくたぁ~っとしていますが、
涼しいといつものごとく体は正直ですねぇ。

うんうん、本当にそうなんですよね。
ちょっとでも変な所を見ると心配に
なっちゃうもんですね ヽ(´ー`)ノ

 

 あぷり
 2009年6月10日 5:50 PM 編集
 うわっ〜、ホントだ! 出てくる。
 なんでやねん。
 だって、前は何度やっても出てこな
 かったんですよ。

 

 

 

 

plopp
2009年6月11日 11:33 AM 編集
これでお友達にも教えられますよ!!
!!「わが家のAP通信」で、今はトップに
出てきますよ!
なんでしょうねぇ、グーグルのクロールが
なかなか来てなかったっていう事なのかな?
ちなみに、グーグルロボットというのが自動で
ウェブサイトを巡回(クロール)して、その時に
色んなサイトの情報を拾って、グーグルに掲載
されるとかなんやらそんなものらしいです。

そうですよね!?
丁度30℃越してた頃、母と話したら、そっちは
まだまだそんな暑くなってないと言われて。
普通なら東京の方が暑いのにと思って肩すかし
でした(笑)
確かに湿度は低いですね~。
暑い時は湿度10%とかそんなんでしたねぇ。

ドライは、冷房のドライですね?
そんな違いがあったんですか!?
ウチでは母が好んで夏場はしょっちゅうドライに
してるんですが人間にも同じ事ですよねぇ。
母に伝えておこう。

って…
こっち、いつもドライ(乾燥)なんですが!
その冷房のドライじゃなくて天然だけど…
その場合、どうなんですかね!?
天然でも超乾燥ってのも内臓に良くないのかな。
もちろん肌には悪いんですが…

おぉ~!!体重増えて良かった!!
あぷさんが体重の増減が話題になるほど
改善してくれていたとは!
ペレットの量はどうですか?
パセリやシラントロ(パクチー?)とか食べるかな??
今、社長は人参の葉とシラントロを食べていますぞ。
あぷさんがもっともっと回復しますように。

 

 あぷり
 2009年7月2日 5:50 PM 編集
 おお返事遅くなりました〜、ごめんです!
 おかげさまであぷは体重も1.75kgになり、
 順調に回復しています。
 ありがとうございます。

 

 

plopp
2009年7月9日 11:14 AM 編集
コメント遅れました!!

 

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