死後にお別れを言いにきた犬「ペリ」

「あぷりのお茶会」へようこそ!

 

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ツバメの赤ちゃん、どうしたかな……

7月の半ばにツバメの巣の中にいる、赤ちゃんツバメの写真を
御覧いただきましたね。

 

先日、その写真を撮った場所を通りかかったので
赤ちゃんツバメ、あれから大きくなったかなぁ、
と思って見に行ってみました。

 

しかしそこには、赤ちゃんツバメも親のツバメの姿もありません。
まったくもぬけの殻といった状態です。

 

私はツバメがどの位の期間で巣立ちをするの知らないのですが
あの時の赤ちゃんツバメは、実はもうそんなに赤ちゃんではなく
その後メキメキと成長して、立派に巣立っていったのでしょうか?

 

そうならばいいのですが。

 

ググってみてもツバメが巣立ったか否かはわからないのですが
私は不安になって調べていました。

 

すると、巣から落ちてしまった
本当に小さな赤ちゃんツバメを育てた人の話が……。
飛べるようになった頃に、自然に帰したそうです。
読みはじめて数分で、涙がボロボロと。

 

 

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私の最初の犬「ペリ」

言葉を介して話すことができない生き物たちは
言葉以外の、他のかたちで私達に様々なことを伝えようとします。

 

その必死な思いが、強く迫ってくることもありますが
残念ながら、理解出来ないことの方が多いのかもしれません。
少なくとも私はそうでした。

 

うちには私がまだ本当に小さい頃に犬がいましたが
私の記憶には残っていません。

 

私が幼稚園の時に、母と一諸にデパートのペット売り場で
出会った犬が、私の記憶に残っている最初の犬です。

 

一諸に生まれたきょうだいたちの中で
一匹だけ片すみにいた犬でした。

 

私が「この子がいい!」というと、
母は「元気に遊んでいる子にしたら?」と
一応は言ったものの、私が選んだ子に決めてくれました。

 

 

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名前の「ペリ」はディスニー映画から

うちに一諸に帰ると、その犬はさっきまで片すみにしょぼんと
していたとは思えないほどの元気さです。

 

名前は「ペリ」に決定。
「小リスのペリ」というディズニーの映画を見たことがある
という母の言葉で決まりました。

 

ディズニーの「小リスのペリ」なんてアニメーションは
見たことも聞いたこともありません。

 

本当にそんな映画があったの?、
他のものと勘違いをしていたりして……、
と私は当時から現在に至るまで半信半疑。

 

ですが、今、ググってみましたらありました!
ごめん、おかあさん。

 

そのペリと名づけられた犬の散歩を
幼稚園に行く前と帰ってきてから連れて行くのが
私の役目となりました。

 

朝、私がなかなか起きないと、髪の毛を引っ張って、
といっても全く痛くないようにですが
「一諸に散歩に行こうよ!」とペリは私を起こすのです。

 

小学校の3年か4年生の夏休みのことでした。
私は電車で一時間ほどの場所にある親類の家に行きました。

 

普通はそんなに長くいることはないのですが
その夏は、何故かかなり長い間、滞在してしまいました。

 

そして8月も半ばに近い頃、
その家族と一諸に、私は家に帰って来たのです。

 
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帰ってこない「ペリ」 

そこに、ペリはいませんでした。
私がうちにいる間は、元気に見えたのですが
急に肝臓が悪くなったということです。

 

白い毛の色も、目の白い部分も黄色くなってしまうほど
容態が急変したそうでした。

 

獣医さんに診察をしてもらった後、そんな心配な状態の時に
母が急に出かけなければならないことに……。

 

そこで留守のものに「ペリを外に出さないように」
と強く頼んで出かけたのだそうですが、
母が帰って来た時には、ペリの姿はありませんでした。

 

その後、私も家に帰りましたが
ペリが帰ってくる気配は一向にありません。

 

ネコが死ぬときは姿を隠す、とよくいわれます。
野生では、死が近づいたゾウなどが
決まった場所に行くとも聞きます。

 

母と私は、ペリがそれを選んだのではないか
と気が気ではありません。

 

 

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探しに行っても見つからない……

その当時の私の家は、小学校と中学校の間に位置する
ちょっと変わった場所にありました。

 

二つの学校の玄関は、数百メートルも離れているのですが
校庭がつながっていて、真中のプールは
二つの学校で共用するというかたちでした。

 

私の家は二つの学校に挟まれた丁度、中間。
家の数は全部で二、三十軒はあったでしょうか。
うちから真っすぐ行った先にはプールがありました。

 

私のうちは少し高くなっている場所に建っていて
うちの両隣は同じ高さの敷地ですが、
道路を挟んで前に建っている家々は
うちの1階が、その家の2階の高さという具合です。

 

ちょっと高い場所ということもあり
双方の校庭で鳴いている犬の声がよく聞こえます。

 

鳴き声がペリに少しでも似ているように思えると
母と私は、夜でも懐中電灯を持ってペリを探しに行きました。
しかし、ペリは見つかりませんでした。

 

 

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姿をあらわした「ペリ」!

そんなことを続けていた夏休みも終わりに近づいた夜のこと
ペリの声かな?、と思われる犬の小さな鳴き声が聞こえました。

 

母と私は探しに行く前に、庭から外を見てみました。
うちの庭から二人並んで、校庭のプールの方向を見下ろしますと、

 

……そこに、ペリの姿が現われました!

 

母と私は興奮し、母は
「ペリ! いたんじゃない!」
とか何とか言ったと思います。

 

私はといえば、「あぁ」とか「ペリ」とか、
わけがわからないことを口走っていたのでしょう。

 

すると、私達の左手の方から、ご近所の方が坂を下ってきました。

 

その方が、
「まあ、こんな夜にどうしたんですか?」
と、これはまあ、当然の質問をなさいました。

 

 

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母は、微笑みながら
「実は、いなくなった犬が……」
と言いかけて、また正面のペリの方を見ました。

 

その間、私は母と同じ方向に視線を動かしています。
「いなくなった犬が帰ってきたんですよ」
という、言葉の途中で正面のペリを見ると
すでにペリの姿は消えていたのです。

 

長々と書きましたが、ペリを見たその瞬間から
歩いていらしたご近所の方に母が返事をしながらベリを見るまで
わずか数秒のことに過ぎません。

 

 

 

そうだったんだね……

その時、私は10歳位でしたが
ペリの姿が消えていたのを見た瞬間に……。

 

母と私は息を飲むようにして顔を見合わせ
一言も話さずに頷きあいました。

 

母と私は瞬時に悟ったのです。

 

ペリはもうこの世にはいないのだということを、
あきらめずに何度も探しに行っている母と私に
そのことを知らせるために、ペリは姿を現したのだということを。

 

そして、これがペリとのお別れなのだということも……。

 

 

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昨年のお彼岸に書いた「誘惑」
「人は人らしく、この目で見えないものは見えない方が幸せなのだ」
という、三田富子さんの言葉を紹介しました。

 

私が、すでにこの世に生きてはいないものの姿を見たのは
これが最初で最後でした。

 

庭のソメイヨシノの黄緑色に生い茂った葉が
夜の灯りに浮かんでいたのを、今でもはっきりと覚えています。

 




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