身代わり うさぎからのメッセージ5

「あぷりのお茶会 赤坂・麻布・六本木」へようこそ!

 

 

 

あぷりの中医の先生

ももちがいなくなってしまってから7年ほど経った後のことです。
ももちの次に私のもとに来てくれたあぷりも、5歳を過ぎていました。
悲しいことに、ももちを苦しめた騒音はあぷりの体も蝕んでいたのです。

 

あぷりは最終的に、うさぎの名医さんと評判の高い
藤沢の病院で診ていただいたのですが、その先生の勧めにより
荻窪の中医(漢方)の先生にも通うことになりました。

 

いわゆるハリやお灸といった治療ですが、両先生のお陰て2年以上も
あぷりの寿命を延ばして頂けたことに、私は心から感謝をしています。

 

 

      藤沢と荻窪の先生にお世話になったあぷり

 

 

 

「持って行ってくれたんだね」

当然のことながら荻窪の中医の先生に、ももちを診て
頂いたことはなく、ももちの話をしたこともありません。
ところがある日、先生にあぷりの話をしている時に、

 

私が「前のうさぎは私のナイトでした。
4年半しか生きられなかったのですが……」
と言いますと、先生は遠くを見つめるような表情をしながら

 

「(私の)病気を持って行ってくれたんだね……」と
独り言のようにおっしゃったのです。
驚いた私は思わず「そうなんです!」と叫ぶように言いました。

 

 

 

 

それ以上は泣いてしまいそうで、何も言うことは出来なかったのですが。
先生は何もおっしゃらないものの、私が話をしなくても
いろいろなことがわかっていらしたようです。

 

先生もまた私の友人のTさん同様、動物とのコンタクトにおいて
やはり普通の人とは異なる能力がおありのようでした。
その話をしますと長くなりますので、今日はいたしませんが。

 

私はももちが足ダンをして唸った相手が、何なのかはわかりません。
ですがももちは、私の体に襲いかかるものと闘って、それを代わりに
持って行ってくれたのではないかという気がしています。

 

 

            うさぎ 赤坂「青野」

 

 

 

身代わり

当時、騒音による体への影響は、ももちだけではなく私も同様でした。
大腸に何らかの異常をきたしているのは明白でしたが
ももちの死後は悲しみのあまり、忘れるともなく忘れていたのです。

 

そしてももちの死から、かなり時間がたったある時、私の体から
大腸の問題が全くなくなっていることに気づきました。
そうなったのは、ももちの死後からということにも。

 

誰にも言っていなかったその事実をあぷりの獣医さんに
突然、指摘された私は、ただただ驚くばかり。
まさに先生のおっしゃる通りだったからです。

 

考えてみますと、ももちだけではなく他の動物たちも
私に同じことをしてくれていたのですが、それに私が
気づいたのは、数十年の年月が経ってからのことでした。

 

 

 

 

 

 

「ペットは飼い主の寿命を延ばす」

そういえば二、三日前の「スプートニク(SPUTNIK)」
には、ペットが飼い主の寿命を延ばすという理論を
学者たちが確認したという記事が載っていました。

 

それによりますと、ペットの存在が人の体調にポジティブな
影響を与えるのみならず、寿命も延ばす可能性がある事実を
証明することに成功したということでした。

 

心臓発作で入院した後に、退院した92人の健康状態の調査結果で、
94パーセントの人の健康状態に良い影響を与え、心臓の機能を調整し、
飼い主がストレス状態から抜け出すのをペットが助けていると。

 

このようなことはペットと暮らしている人ならば、何となくでは
あっても実感していることだと思いますが今回、新たに
科学的にも数値として証明されたということなのでしょう。

 

私はこのようなことはいわば当然のことであり
本当はそれ以上のもっと積極的な関わりを、ペットは
人間に対してしているのではないかと思っています。

 

 

 

 

 

飼い主の命を救った大ちゃん

そういえば友人のTさんに、こんな話を聞いたことがあります。
九州出身のTさんが生まれるずっと前、Tさんの母親がまた若い(幼い)
頃に、彼女の母親と飼い犬の大ちゃんを連れて歩いていました。

 

二人は話に夢中で、線路に近づいていたことにも気づきません。
その線路は、音や光で電車が来たことを知らせる警報機も
また人の行く手を阻む遮断機が降りてくることもない踏切。

 

一緒にいた飼い犬の大ちゃんだけが、迫り来る電車に気づいていて
おそらくそれを知らせるために、大ちゃんは何らかの働きかけを
二人にしたと思われますが、功は奏さなかったようです。

 

もう時間がありません。
その時に大ちゃんがとった行動は、電車に飛び込むこと。
自らを犠牲にすることで、大切な二人を守ったのです。

 

その後、大ちゃんは菩提寺の許可を得て、Tさんの家の
先祖代々のお墓に、人間と一緒に葬られたということです。

 

 

 

    備前焼のうさぎさん「ジカバーニッポン」東京ミッドタウン

 

 

 

アメリカのうさぎも頑張る

また、こちらは5年ほど前のアメリカでのお話。
母親と2人子どもの住む家が夜中に火事になった時、ペットのうさぎが
母親を必死で起こして母子を助け、自らは息絶えたということでした。

 

このような人を救う動物の話は、きっと皆さんも
どこかで耳にされていることでしょう。

 

私はこれを書いていて、以前このブログに書いたペリのことを
思い出しました。(「死後にお別れを言いに来た犬『ペリ』」

 

私が夏休みで家を空けている間に姿を消したペリを
母と一緒に夢中になって探している時、一瞬だけ姿を
現して自分の死を私たちに教えたイヌのことです。

 

 

 

        犬張子の香合「泉屋博古館所蔵」六本木

 

 

 

シーツが黄色くなるほどの黄疸

生まれたばかりの赤ちゃんは、新生児黄疸といって体が黄色くなる
ことはさほど珍しいことではないようですが、その生理的黄疸と
いわれる症状は、しばらくすると収まりまるのが普通です。

 

ですが私が生まれてすぐにかかった黄疸は、体が黄色く
なるばかりではなく着ているものを通し、寝ているシーツにも
その黄色が染みて行くという症状の重いものでした。

 

御近所のお医者さんは手の施しようがないということで
東大病院に紹介されましたが、そこでも生まれたばかりで
小さ過ぎ、何の処置をすることも出来ないと言われるのみ。

 

結局、治療らしいものは出来ずに
「しじみの汁で体を拭くように」と指示され、

 

「もう少し大きくなって可愛いくなった頃に再発したら
残念ですが、その時はあきらめて下さい」との言葉だったそうです。
私がいつ、その話を聞いたのかは覚えていません。

 

ただ自分のことでありながら記憶はないため、なんとも罰当たりなことに
それまで生きていられたことに対して、何の感謝も特別な感慨もなく、
他人事のように、ふ〜んという感じだったことは覚えています。

 

 

 

 

 

初めてペリに会った日

ペリが私のもとに来てくれたのは、私が小学校に入る前のことでした。
デパートのペット売り場で元気に遊んでいる子犬たちの中で、一匹だけ
しょぼんと角にいた子犬を見て「この子がいい!」と決めたのです。

 

黄疸の話を聞いた時の記憶は曖昧ですが、ペリと
初めて会った日のことは鮮やかに覚えています。
家に着いたペリは、先ほどとは全く異なり元気に走り回っていました。

 

幼稚園に行く前と帰ってきてからペリを散歩に連れて行くのは私の役目。
早く、散歩に行こうよ、とでもいうようにペリは私を起こします。

 

考えてみますと私は子どもの頃はイヌのペリに、
イイ年  大人になってからはうさぎのももちに起こされていたのですね。
なんとも情けない一生であったことよ、と反省しきり……。

 

そんな風にかなりの時間を一緒に過ごしていたペリは
数年後の夏休みに私の前から突然、姿を消してしまったのです。

 

 

         秋の夕暮れ 東京ミッドタウン

 

 

 

白い毛が黄色に

夏休みに私が家を開けたといっても、それほど長い間ではありません。
私が出かける時は何の症状もなかったペリが突然、黄疸を発症。
真っ白い毛も、目の白い部分も全て黄色になってしまったといいます。

 

と話には聞いても、私はあの真っ白なペリの毛が
黄色になってしまったとは、正直なところ想像がつきません。
また、そのような状態になった動物も見たことはありませんし。

 

獣医さんに往診をお願いしましたが、ペリは回復しませんでした。
生憎、母も1晩だけ家を空けることになり「ペリを決して家から出さない
ように」と留守の者に言って出たそうですが結局、ペリは家を出ました。

 

 

真ん中のプルデンシャルタワーの上にある雲
横向きの犬の上半身に見えませんか?

 

 

 

姿を消す

不注意でペリを出してしまったのかもしれません。
でもそれ以上に、ペリはどうしても姿を隠したかった
のではないか、と母と私は思っていました。

 

動物は死を迎える時に、姿を消すともいいます。
私はペリが病いで黄色に変色してしまった姿を、私に
見せたくなかったのではないかという気がしています。

 

そして数十年経った2013年の8月、このブログに「死後にお別れを
いいに来た犬『ペリ』」
を書いた後、私はようやく気づいたのです。
本来それは、私が負うはずの病だったのではないかということに。

 




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