浅野内匠頭、辞世の句  さくら『八重桜』赤坂「青野」

「あぷりのお茶会」へようこそ!

 

「風誘う 花よりもなお我はまた
    春の名残りをいかにと(か)やせん」

            浅野内匠頭長矩

 

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旧暦3月14日(4月21日)

これは浅野内匠頭の辞世の句
といわれているものです。

 

内匠頭長矩は1701(元禄14)年3月14日に
江戸城、松の廊下で刀を抜いたために
田村右京太夫邸で即日切腹を命じられました。
旧暦の3月14日は、今ですと4月21日にあたります。

 

この辞世の句は、家臣があるお寺の
住職に頼んで作ってもらったものだ
という小説を読んだことがあります。

 

 

 

 

家臣はこの歌を内匠頭長矩に届けますが、
内匠頭が間違えて詠んだということに
小説の中ではなっていました。

 

あくまで小説ですが、私は(内匠頭が詠んだ
他の歌をみても)辞世の句をつくってもらった
と考えるのは不自然な気がします。

 

切腹を申し付けられている状態では辞世の句
など詠む暇はない、という人もいますから
この句が後の人の創作ということは
考えられたとしても。

 

 

 

 

 

多門伝八郎筆記に残るのみ

この辞世の句は、浅野家にも伝えられては
おらず、目付役の多門伝八郎の書いた
「多門伝八郎筆記」に記録されるのみです。

 

しかも、「多門伝八郎筆記」は事件の
かなり後で書かれたものであり、編集や
追加などの脚色もみられるといいます。

 

ですからこの句は、多門伝八郎
の創作だという人もいます。
それどころか、「多門伝八郎筆記」も他の人
の筆による、という説まであるそうです。

 

 

 

 

 

面会も許されず

この句が内匠頭自身によるものか否か、
それ以前に、なぜ彼は刀を抜いたのか
についてはわかりません。

 

家臣の片岡源五衛門は田村邸に駆けつけましたが
内匠頭長矩と最後の対面は許されませんでした。

 

「さだめし不審に思うであろう。
かねて言っておかねばならぬことで
あったが、いまは言えない」

 

との遺言を、人づてに伝えられたといいます。

 

 

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「即日切腹」「庭で切腹」はあり得ないこと

ただ、これだけは事実だそうです。

 

このような事件が起こった時に
「即日切腹」ということは考えられず、
五万石の大名が、室内ではなく
「庭で切腹」ということもありえない、と。

 

また、喧嘩両成敗が基本でしたが、吉良上野介には
何のお咎めもなかったこと等、江戸の人々が
内匠頭贔屓になったのもわかるような気がしますね。

 

 

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切り株

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昨日、みぎぃさんがブログで切り株のことを書いていました。
私も切り株が大好きです。

 

以前、親類の家の庭から、切り株を
掘り起こしてもらってきたことがあります。

 

切り株といっても、ベランダの植木鉢に入るほどの小さな
ものでしたが。

 

小さくて手頃、とはいえやはり切り株
掘り起こすのは結構大変な作業でした。

 

手のひらから、かなり血が出て皮がむけてしまうほど
頑張ったのですが、やはり根つきませんでした。

 

切り株といえば、大学に入ったばかりの頃に、
私は西船橋というところに住んでいたのですが、
その西船橋図書館の一室に、本物の切り株のあるお部屋がありました。

 

深いブルーのじゅうたんが敷き詰めてあり
そこに切り株が一つ置いてあります。

 

そこで、お話の会が定期的に開催されていました。
切り株の上にロウソクを一つともして、
図書館の人が本を読んでくれるのです。

 

その当時の私より、もう少し年下の子どもたちが
対象だったように思います。

 

そんな素敵なお話の会ですが、その後、私は大学の近くに
越してしまったので、一度きりの参加で終わってしまいました。

 

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吉武輝子さん

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私は、ツイッターではわずかに
十数人の人しかフォローをしていません。

 

その十数人のうち、17日に2人の人が、翌18日には1人の人が
吉武輝子さんの訃報をツイートしていました。

 

東映で日本初の女性宣伝プロデューサーとして活躍し、
退職後は反戦・女性解放の活動をなさった方でした。

 

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2,3年前のことだったと思います。
酸素ボンベをつけてパーティー会場にいらした吉武輝子さんの
お姿を拝見したことがあります。

 

きっとお体の具合も思うようではなかったのでしょうが、
それを人には見せずに、お祝いと激励を主宰者に
言っていらしたことが忘れられません。

 

気丈な、そして熱意のある方だと、
密かに感服していました。

 

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全ての人は、いつかは亡くなります。
いつかではなく、近い日かも知れません。
人も、自分自身も。

 

後悔しないように、したいと思ったことを、またしなくて
はいけないことに真剣に取り組まなければと思います。

 

ツイッタ―とは別の方が、吉武輝子さんのことを
ブログに書いていらっしゃいました。

 

先週にいらしたお見舞いでは、
「5月の講演のために,高カロリーのものを
食べて体力をつけなくては……」
と言っていらしたとか。

 

訃報を聞いて、仕事をキャンセルして
病院に駆けつけたそうです。

 

「美しいお顔をだった」と書いていらっしゃいました。
合掌。

 

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